三鷹オスカーの思い出

 インターネットの利点の一つは、曖昧な記憶の確認に役立つ点だろう。一昔前なら結構な手間暇のかかる調査も、適切なキーワードさえ選べば瞬時になされる。あまりに当たり前のことで、書いていて気恥ずかしくなるほどだ。

 

 さて、私が相当若かったころ、東京の実家の比較的近くに三鷹オスカーという名画座があった。封切りから少し時間の経った映画や古典的名画を、二本立てか三本立てで、格安で上映する映画館である。こちらは1990年12月に閉館しているのだが、私は、このころ色々な理由で時間がなかったにも関わらず、クリスマスの頃に、最後の思い出にとここで三本立てを観ている。ところで時間が経つうちに、そのうちの一本が何であったかどうしても思い出せなくなってしまった。時折「思い出せない」ことを思いだしては、あの時観たのは何であったのか、と自問していたのである。

 しかし、先日「もしや」と思い、「三鷹オスカー」並びに覚えている二本の映画の題名(『アナスタシア』と『慕情』)を打ち込んで見たところ、この時にやはり同じ三本立てを観ている方がいて、記録をWeb上で公開してくださっていた。かくして私は、28年前に観た映画が『イヴの総て』であったことを思い出したのである(映画自体には漠然としたものだが記憶がある)。

 インターネットが拡がる以前でも、同様の調査をするのなら、雑誌『ぴあ』のバックナンバーを図書館に読みに行く、といった方法はあったが、やはりこちらの方が格段に楽で、正直ありがたい(まあ、当時の『ぴあ』を読むのも、それはそれで楽しい経験だろうが)。

 

 なお、この時観た映画『慕情』には、夜の海水浴に出かけた恋人たちを描く印象的なシーンがある。海から上がった女性(ジェニファー・ジョーンズ)が煙草を口にすると、男性(ウィリアム・ホールデンが自分の煙草の火口を女性のそれへと近づけて火をつけるのだ(男女が逆だったかもしれない)。決して直接的ではないがにおい立つような色気を感じたものである。

 実は私はこの時の三本立てを、少し年上の女性と観ている。付き合っていたわけではない。映画の後飲みに行きしばらく歓談していると、彼女が突然、「煙草をくれる?」と言うのだ(私は当時喫煙者で、彼女は普段煙草を吸わなかった)。私が煙草を渡し、ライターの火を近づけると、ちらりと少しあざ笑うような目で私を見て、「ヤボな子ね」と言ってライターを奪い取ったのだ。「あっ」と思い、慌てて自分の吸っていた煙草の火口を彼女のそれに近づけたが時すでに遅し、彼女は私から奪ったライターで自分の煙草に火を点けていた。当然、その後彼女との間には何も起こらなかった。

 だがもしもあの時私がすぐに自分の煙草の火口を近づけていたらどうなっていたか? それがわかる手立てとてないが、少なからぬ人に思い出の名画座として語り継がれる三鷹オスカーが私に思い起こすのは、実はこの思い出なのだ。

 

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