冬に向けて思うこと

 多くの人が考えているだろうことを、私としても書いておきたい。

 私の予想では、この冬は、自宅に閉じこもる時間が増えることになる。いや、こんなことは、私だけではなく、誰もが予想していることだろう。例のウィルスについては、もちろん致死率が低いままいってほしいのだが、これからの季節、患者の方が増加すると思っていた方が良いだろう。他方、最後は状況によるとはいえ、「緊急事態宣言」のようなものは可能な限り発さないほうがよいわけで、患者の方が増えることは、ある程度自然現象と心得ていたほうが良い。悲観的になるのはよくないが、この件については、状況が厳しくなると思っていた方が、妙に楽観的になるよりはよいだろう。その上で、どのように感染状況に注意しつつ経済活動を行っていくかは、個々人の判断力に任せられている。そうすると、適度に消費活動を行いつつも、自宅にいる時間をできるだけ増やしていくというのが、ある程度合理的な選択肢の一つとなろう。

 実家への帰省もできず、自宅に閉じこもる時間が増えるのなら、せめてその時間を、楽しく、有意義に過ごしたい。私自身は恐らくはこれからは段々と忙しくなり、12月20日くらいまでは落ち着かない日々となっていきそうだが、今から年末年始に何をするかを考えておくのも楽しかろう。

 すぐに思いつくことは三つある。

 一つは、やはり語学の勉強。イタリア語を集中的に勉強できれば、などと夢想する。

いま一つは、哲学者ジャンケレヴィッチの音楽論を、彼の作品を聴きながらゆっくりと読み進めること。彼にはいくつかの作曲家論があり、私の手元には、フォーレドビュッシーラヴェルに関する著作がある。これらを一つ一つ、急がず、引用、論評されている曲に耳を傾けながら読んでいきたい。

 もう一つ考えているのは、中世からルネサンスにかけての音楽を、優れたガイドブックに従いながら時代を追って聴いていく、という作業。この作業は実は以前もしたことがある。先日亡くなった皆川達夫の『中世・ルネサンスの音楽』(講談社現代新書:現在は講談社学術文庫より公刊)を読みつつ、気になる曲を聴くという作業を、十年ほど前にしたことがある(ちなみにこの本は、中学校時代、音楽の先生に薦められて購入した。当時はさっぱり訳がわからなかったが、今となっては、この本と長い付き合いになったことに感謝している。名著です)。そのおかげで、中世・ルネサンスの音楽の歴史について概括的な知識を得たが、しかしその後、そのままになってしまっていた。

 ところで、最近家でCDを聴くときには、なぜかこの時代のものが増えたのだ。恐らくは疲れているのもあるだろう。何かしらは緊張のある毎日を送っていると、あまり好きではない言葉ではあるが、「癒し」を半ば無意識に求めているのかもしれない。宗教曲ももちろん良いのだが、デュファイやオケゲムの世俗歌曲などの慰めが大きい。何かこう、人生のやるせなさの認識に基づく、一種の諦念が漂っていて、私たちの現状について、「それはそれで仕方のないことなのだ」と思わせてくれるような気がする(感染予防の努力をしない、という意味ではありません―悪しからず(笑))。

 加えて、私の持つCDのコレクションには、中世ルネサンスの音楽のかなり優れたBOXが数個ある。先週書いたことと矛盾するが、こうしたBOXにはやはり良い点がある。そのおかげで、この時代の主要な曲のCDは大体そろっているわけだ。

 そうした経緯もあって、折角だからこれを機会に、トゥルバドゥールの音楽から始まってルネサンス期までの音楽を、網羅的に聴いていきたい、という欲が出てきたのだ。

 そんな気持ちになりつつ書棚を見ると、先に挙げた皆川達夫の書物とは別に、はるか以前に購入したまま放置している『中世の音楽世界』『ルネサンスの音楽世界』という内容豊かと思わせる書物があって、こちらも折角だから読了したくなってくる。

 雪降る中我が家に閉じこもり、ワインをちびちび飲みながらゆるゆるとこれらの本のページを繰っていき、気になる曲をある程度体系的に聴いていく、というのは、なかなか心躍る計画ではないか。

 

 この冬の状況の推移がどうなるか、これは全く予想がつかない。可能性は低いが、思ったよりは患者の増加率が少なく、意外と楽に乗り切れたということになるかもしれない。だが、やはり厳しい状況を想定していたほうがよい、というのは、多くの人が考えることだろう。

 そして、やはり多くの人が考えることだろうが、どうせ厳しい状況になるのならば、そして自宅に閉じこもらなければならないのだとすれば、その中でできることを楽しく予定するほうが、精神衛生上良いのではないか。もちろん感染予防の適度な努力は必要とはいえ、あまりにビクビクするよりは、そうした時にこそできることに集中的に取り組んでみたい。そうした自然な前向きな気持ちが、心の健康を保たせてくれるように思う。

 私がここでこんなふうに書くのは、今から準備を徐々にしていくつもりです、という、緩やかな宣言でもあるのだが、他の方なら何をするかを知りたいからでもある。折角だから予定を立ててみようという方、ぜひ教えてください。読んでいなかった長篇小説の読了を目指す人、とりためたドラマを一挙に観る人など、様々な形の楽しみがあるだろうが、そうした楽しみを自ら作り、そして他の人と分かち合うことが、この冬を乗り切る力の一つになるように思うのです。

 

M&M’s