ツェムリンスキーを知っていますか? (1)

 「生誕何周年」、「没後何周年」と言い立てるのはどうかと思う向きもあると思うが、それでも、こうした「何周年」というのをきっかけに、普段気にかけていない作家や作曲家、あるいは歴史上の事象に注意を向けることには意味があると思う。
 2021年がフローベール生誕200年、プルースト生誕150年であることは既に触れた。然るべき催しもいくつかある。
 作曲家はどうだろう、と思って見てみると、なかなか渋い顔ぶれが揃う。ルネサンスの代表的作曲家ジョスカン・デ・プレが没後500年、サン=サーンスが没後100年、ストラヴィンスキーが没後50年、とくる。どの人の作品もある程度は知っているが、聴き込んだ、とは言えないので、集中的に聴いてみるのは楽しいかもしれない。
 ところで、今年はアレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー(1871年~1942年)の生誕150年である。ブラームスマーラーシェーンベルクアルバン・ベルクなどと関係深く、また、後にマーラーの妻となるアルマ・シントラ―とも因縁浅からぬこの作曲家について、日本語では、ある程度断片的な情報はあるがまとまった評伝はない。だが、世紀末ウィーンで19世紀的雰囲気の残照の中で精神形成を行い、第一次世界大戦前後のウィーン文化に自ら参加し、そして亡命の後異国アメリカで生涯を終える一人のユダヤ人音楽家の人生は、やはり好奇心をそそるものではないか? 往時は活躍しながら現在はあまり語られぬこうした人物を通してこそ、ある時代の文化はむしろ理解しやすくなるのではないか? ドイツ語と英語では優れた評伝があるとのことで、誰か翻訳してくれないだろうかと願っている。

 本来なら今年は、生誕150年ということで彼を記念するいくつか演奏会が開かれていたかもしれないのだ。それだけに現状が口惜しい。しかし、あれこれ言っても仕方がない。受け入れるべき状況は平常心を持って受け入れねばなるまい。

 

 このツェムリンスキーについて思うところをいくつか記しておきたい。今日は彼の弦楽四重奏曲について。

※ なお、以下、ほぼ自分のための覚え書きにすぎません。読んでくださる方は、このことを念頭に置いてください。併せて、年代など細かい確認はしていませんので、後で訂正するかもしれません。

 

 彼の弦楽四重奏曲は四曲あるが、第1番が1896年に、そして第4番が1936年に作曲されており、その間四十年となる。そして、各々の曲が、作曲された時代の特徴をよく備えているように思う。ツェムリンスキーの四重奏曲を続けて聴く意味は、なんといってもその点にある。
 1896年に作曲された第一番は、ブラームスの影響を濃厚にたたえつつ新たな方向性も策しているように見える佳品。輝かしいイ長調の響きが若さの喜びを発散させている。特に最後の第4楽章は、ひたすら若さの幸福を謳いあげる趣で、作曲家自身がこの楽章を練り上げていた時はどれほど喜ばしかったと、想像する(下に示したこの曲のリンクでは、第4楽章は21分ちょうどくらいから)。同じく彼の初期作品で、こちらは若さの憂愁を湛えたクラリネット三重奏曲と併せて聴いてみてもよいかもしれない。
 1913年から15年にかけて作曲された第2番は、第一次世界大戦の時期に作曲されたこともあってか、全編不安に満ちた色調に支配されている。最後にほのかな希望が訪れるが、それはツェムリンスキー自身の願望を反映してのものだろうか。後期ロマン派的要素と新ウィーン学派の折衷的なところがあり、前者の要素についてはシェーンベルクの『浄められた夜』の影響は明確ではないだろうか。ほぼ同一と思われる動機が現れる。また、後者の要素については、やはりシェーンベルク弦楽四重奏曲第1番、第2番の影響が色濃いように思う。
 1924年に作曲された第3番は、全体で20分程度と、演奏時間が40分ほどだった2番と比べて一挙に規模が小さくなる。動機を積み重ねる作曲技法は変わらないのだが、当時のサイレント映画のバックに置くとしっくりと来るような、不思議な味わいがする。あるいは、当時の作曲家たちは、映画という新たな表現技法から翻って影響を受けるような形で作曲をしていたのだろうか。
 1936年の第4番は不思議な雰囲気をたたえた佳品。調性への回帰はむしろ第3番によりも感じられるだろうか。老境に至った作曲家が諦念と共に人生を振り返るような趣がある、と言えば、作曲者の人生を楽曲に読み込みすぎかもしれない。
 いずれにせよ、これらの曲を続けて、そして時にシェーンベルクアルバン・ベルクの四重奏曲と併せて聴いてみると、19世紀末から第二次世界大戦直前までのウィーン音楽文化の流れの一つを俯瞰できるのではないか。

 

 私にとってツェムリンスキーが忘れがたい作曲家であるのは、大学時代、時々触れる亡くなった友人と一緒に、演奏会でその一番を弾いているから。知らない作曲家だなと思いたまたま買ったCDが良かったので、当時企画していた演奏会で演奏しようということになった。
 たまたま見つけただけなのに、かの友人が笑顔で、「M&M'sは本当にいい曲を見つけてくるよね」と言ってくれたこと、そして私がとても嬉しかったことをよく覚えている。先週の話題に引き付けて言えば、私にとって「今は亡き人なれば、かばかりのことも忘れがたし」で思いだす経験は、この彼の言葉かもしれない。

 そうした経緯もあり、またその若々しい華やかな響きと相まって、ツェムリンスキーの弦楽四重奏曲第1番は、気恥ずかしいが言ってしまえば、私の青春の曲となった。以来、ツェムリンスキーの名前は気になっており、時々曲を見つけては聴くなどしてきた。今年が彼の生誕150年ということで、改めて、意識的に聴いてみようと思っている次第。

 以下、youtubeのリンクを貼っておきます。

第1番
https://www.youtube.com/watch?v=E6qtdVqP_Vs

第2番
https://www.youtube.com/watch?v=wxRailcznHE

第3番 (第1楽章のみ)
https://www.youtube.com/watch?v=zovBFxxjA8s

第4番
https://www.youtube.com/watch?v=HPZWsfv9J1o

 クラシックは普段あまり聴かない、あるいはロマン派までなら大丈夫という方なら第1番を、新ウィーン楽派などもまあ大丈夫、という方は、第3番を聴いてみて、興味を持てたら2番に進む、という順序でいかがでしょうか。

 

M&M's

 

追記を一つ。近くの図書館にあるツェムリンスキーの四重奏のCDには、充実した解説の邦訳が付されているらしい。本当はそれを読んでからこの記事を書きたかったのですが、現状無理、となっています。いずれそちらを読んだら、何か付記したく。