ツェムリンスキーを知っていますか? (2)

 前回書いたように、ツェムリンスキーの魅力は、後期ロマン派から新ウィーン楽派への流れを一身に体現しており、その作品をある程度まとめて聴くと、この流れを一望できる点にある。この特徴は、特に彼の歌曲について当てはまる。

 彼の初期の作品(op. 2, op. 3など)は、ブラームスの影響を濃厚に感じさせる、後期ロマン派の流れに位置づけられるものだろう。恋愛の喜びや捨てられた悲しみ、あるいは星空への憧れといったある程度定型的なテーマを、微妙な陰影をはらんだ旋律が歌うといった趣だ。全体的には屈折をはらんだ作品が多いが、op. 2の第2冊に収められた「夢」のように、伸びやかさに満ちた曲もある(マーラーの娘、アンナに捧げられたとのこと)。
 こうしたブラームスの影響から明らかに脱し始めるのは、op. 7の《ばらのイルメリンと他の歌》、あるいはop. 8の《塔守りの歌とその他の歌》あたりからだろうか。前者はやや諧謔的、後者は厳粛といった違いがあるが、いずれにせよ、ツェムリンスキーの志向が新たな方向に向かい始めているように見える。いずれ彼の伝記を読む機会があれば、そのあたりは確かめてみたいと思う。
 さて、こうしたツェムリンスキー「らしさ」がはっきりと現われているのは、恐らくは、op. 13の《モーリス・メーテルランクの誌による六つの歌》だろうか。採り上げる詩がロマン派のものではなく、象徴派のものであることを、その旋律も明確に反映して、調性が微妙に揺らぐ不思議な味わいを見せている。以下のYouTubeのリンクでは、第1曲「三人の姉妹」、第4曲「あなたたち恋人同士が別れた時」を聴くことができる。

https://www.youtube.com/watch?v=z1HQlFbOTfQ

 また、上のリンクにはないが、第6曲「彼女は城へやってきた」は、曲も面白いが詩それ自体も不思議な味わいを見せる。城へやってきた女性に王妃がそのままついていってしまうという、恐らくは死を暗示する内容だが、不思議と『ペレアスとメリザンド』を思い出させるところがある。ツェムリンスキーが付した曲も、この不思議な味わいを強めるところがあって印象的。機会があればお聴きいただきたい。

 この後ツェムリンスキーはop.22ならびにop.27という二つの歌曲集を残している(いずれも死後出版とのこと)。こちらについては、ここではこれ以上触れない。ただし、アメリカ亡命中に作られたop.27のうちの英語歌曲、「みじめな思い Misery」は、なんともいえぬ切なさをたたえており、あるいは作曲家の心象風景をストレートに反映しているのかもしれないと思う。

 弦楽四重奏の場合と同じく歌曲においても、ツェムリンスキーは最後まで調性感を放棄することはなかった。様々な方向性を模索しながらも、そのいずれにも、完全に突き進む、ということはなかったと思う。R.シュトラウスのような官能性を突き詰める方向に行くことはなかったし、シェーンベルクのような独自性を突き詰めることもなかった。もっとも、そうしたところから来る屈折が、翻って彼の歌曲の魅力をなしているように思う。そしてそうした彼の一連の歌曲は、ブラームスから新ウィーン楽派に至る様々な歌曲の流れの分岐点に、ひそやかにだがしっかりとその存在を見せているように思う。

M&M's


注記:彼の主たる歌曲を収めた二枚組のCDがあり、こちらを重宝している。中古は簡単に手に入るようです。興味がある方はお問合せください。
 あと、上の記事では触れていませんが、op.6は初期の佳品。やや音響が悪いですが、こちらのリンクも貼っておきましょう。

https://www.youtube.com/watch?v=bKyX8-Ups3c