罪悪感を持たせようとする人

 人間関係における軋轢で非難された際に、意識的にか無意識的にか知らぬが、、話し相手に罪悪感を持たせることで自身の優位を保とうとする人がいる。自分の心の安定を守るためにも、また、そうした人に適切に応対するためにも、そうした人がいることを意識しておいたほうがよい。

 ここでは、こうしたタイプの二つの事例を挙げておきたい。

 まず一つ目。AさんがBさんに対して行ったxという行いを、Bさん、ないし他の人に非難された場合に、Aさんが「だって、最初にBさんがYという行為をしたから」と切り返してくる場合である。これは本当のこともあるが、多くは、Yという行為について針小棒大に述べ立てているか、あるいは、時系列が逆で、XがあったからBさんがやむなくYという応対をしたのが真実なのに、これを誤魔化している場合である。

 こうした場合、Aさんの自意識の中ではこうした錯誤が「真実」として認識されている場合も多く、事柄の解決がややこしくなることが多いように思う。しかしこのパターンは、特に「いじめ」などの場合に典型的に見られるものだけに、そうした事態に巻き込まれそうな場合は、注意しておいた方がよいのではないか。

 もう一つの事例は、ちょっと異なり、自分の要求が容れられなかったときに罪悪感を持たせようとする、という方法である。「これくらいのことはしてくれて当然なのに、してくれないあなたは人間として恥ずかしい」といったタイプのもの。これも案外とある。そうした場合には、ルール(規則、契約書など)に従って淡々と処理していくしかない。しかし、自分の要求を容れられない人は、こうしたルールに従うことが「人間味がない」といって批判してくる(だから私は、交渉ごとにおいて「人間味」や「人情」といった言葉を出してくる人には警戒する―こうした言葉は、それによって恩恵を受ける側が発して良いものではないのだから)。しかし、ルールに従っている確信があるのなら、罪悪感を抱く必要はないだろう。いや、抱いてはならないだろう。

 実際のところ、この二つの事例は、私自身も気をつけないとしてしまうこともある。だからこそ一層気をつけねばならぬ。

 いずれにしても、こうしたパターンを整理して準備しておけば、不意を突いてこちらに「罪悪感を持たせようとする」攻撃に対しても対応できるように思う。あと、こうした事柄を、高校生くらいになったら学校で教えてもよいと思うのだが、教えるのならどんな教科でが良いのだろうか?

 

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