若い方に本を贈る

 思うところあって、二十歳前後の若い方に本を贈ることとなり、その方が世界史に興味を持ってくだされば、という願いを込めて本を選んだ。基準は単純で、私自身が二十代に心から楽しんだ本というもの。もしかしたら相手の方には、今は難しいかもしれないが、傍に置いていただき、いつか手に取っていただければと思っている。

 一冊目は、臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る』(中公新書、1992年)。コーヒーについて、その発見から説き起こしつつ、様々な歴史的事件とコーヒーとの関りを語るもの。第一次世界大戦で、ドイツの士気をくじくために、イギリスがドイツのコーヒー輸入を徹底的に妨害した話だとか、アメリカのコーヒー消費量が飛躍的に増えたのはかの禁酒法がきっかけ、といった話、面白くないですか? 一つの商品から歴史を見ていくというのは、様々な出来事の繋がりの「裏地」を透かし見るようで楽しさがある。ちなみにこの書物、気に入っていて、何かあると人に上げていたので、今、私の手元にはありません。

 二冊目は、藤沢道郎『物語イタリアの歴史 解体から統一まで』(中公新書、1991年)。十人のイタリア人の伝記を通じて、イタリアの歴史を物語る。柔らかくも事柄の本質を的確に伝えるその文体は、読む人の思いを遥か過去へと、そして人間の営みの変わらぬ部分へと誘う、歴史がたりの一つのお手本のように思う。思い返すと、私にある「福音」を伝えてくれたNさん(2020年6月19日の記事を参照)がこの本を教えてくださったのだった。私が読んでいる本にはあまり興味を持たない家人が、この本については「とても面白かった!」といっていたこともあり、個人的な記憶が様々に結びついた本ともなっている。

 三冊目は阿部謹也ハーメルンの笛吹き男 伝説とその世界』(1974年、平凡社:お贈りするのは1988年のちくま文庫版)。言わずと知れた名著です。伝説から段々とその背景へと進んでいく筆の運びは、上質な推理小説を読んでいるような喜びを与えてくれる。しかしそれ以上に、この本は、冒頭の、著者がこのテーマにドイツの州立文書館で出会ったときの光景のゆえに、心に残っている。古い書物を読む憧れは、この本で一段と強まったように思う。ちなみに私はこの本を、大叔父に教えてもらった(この大叔父には、2017年9月15日の記事で触れている)。ちょうど大学に入学する時だったので、内心、「入学祝いに買ってくれてもいいのにさ」と思ったことを覚えている(恥ずかしいことである)。それはともあれ、大叔父は優れたビジネスマンだったが、様々な歴史書も多く読む人だった。この選書にも、そうした造詣の深さが現われていると思う。

 

 本を贈るなら一冊か三冊だろう、と根拠なく思っているのだが、このチョイスはなかなか悪くないのではないか、と、ちょっと自負している。ヨーロッパに集中してしまっているが、それは仕方のないところだろう。ただ、東洋史なり別の地域の歴史なりに詳しい方に、当該分野について、同様の選書をしていただければとも思うところだ(まあ、探せばあるのでしょうけれど)。

 

 それにしても本を贈るという営みは楽しい。相手の方のことを考えながら、選書のために書店や図書館を彷徨う、というのは、何かこう、野山で素敵な草花を探すような喜びがある。今回は「世界史」というテーマで選んだわけだが、何かの時のために、別のいくつかのテーマで、「その分野を好きになるための三冊」みたいなものを選んでおくのも、悪くないように思う(もちろん、相手の方のことを考えて、適宜変更することも必要だろうけれど)。

 

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