フランス革命とトマト

 「フランス革命と○○」の「○○」には色々な言葉が入るが、「トマト」が入っているのを見たことがある人はいないのでは? とは言え、真面目な話です。

 

 ジャン・ルノワールの映画『ラ・マルセイエーズ』(1938年)を久しぶりに観たら、トマトが気になるようになった。途中、主要登場人物の一人ボミエに、彼の母が料理を差し出しながら「ほら、お前の好物のトマトだよ」というシーンがあって、ここは漠然とだが記憶にある。以前観た時は確か、「ああ、このころはトマトがご馳走だったのかしら?」などと思ったはずだ。ちなみにこのシーンはマルセイユでの話。後でこの地理的条件が大事になってくるので、覚えておいてください。

 

 次にトマトが出て来るのは、パリに入ったマルセイユ義勇兵が、シャンゼリゼのレストラン(正確にはレストランでよいかわからないのですがご容赦を)で宴会をするシーン。マルセイユ義勇兵の一人がレストランの人に、「俺には愛のリンゴ(pomme d'amour)を頼むぜ」と言い、「愛のリンゴ?」と返されると、「トマトだよ」と答えるのだ。ところで面白いのは、それでもレストランの人はきょとんとして「トマト?」と不思議そうな顔をしているのである。このシーン、レストランの人の反応に気づかず、前に観たときはおかしなシーンだと思わなかった。しかし、考えてみたら変な話だ。レストランの人がトマトを知らないのである。

 ちゃんと注意深く観ているとこのシーンの何分ほど後かに答えが出て来る。民衆との緊張が高まる中でも料理を頬張るルイ16世に、マリー=アントワネットが「全くこんなときに何を」と言うのだが、ルイ16世は、「胃袋は別だよ」と応じる。その後に、「トマトだよ、マルセイユの連中が持ってきた。美味しいよ」といったセリフを言うのである。前はこのシーンに全く注意を払っていなかった。映画を観る人間としては失格だ。

 ともあれこのシーンを信じるなら、トマトはフランス革命の時期のパリにはなく、1792年7月末に戦争に参加するためにパリにやってきたマルセイユ義勇兵が持ち込んだ、ということになる。

 そんなことがあるのか、と思いつつ、検索をかけてみると(どうでもいいですが、検索をかけることを「調べる」と言うの、やめませんか?)、これは確かに本当らしい。関連する情報がいくつか出て来る。後日書誌情報を調べた上で正確な引用を付け加えようと思うが、1803年には、グリモが、「トマトが定着したのはここ15年ほどのことで、革命を契機に南フランスからやってきた人のおかげである、云々」という記述を残しているそうだ。なるほど。

 もっとも、この書き方だと、本当にマルセイユ義勇兵なのか他の人なのかはわからない。しかし、ルノワールが映画の中でわざわざ取り上げているのだから、少なくともフランスではそう思われているのだろう。

 とは言えもう一つ踏み込めば、仮にトマトを持ち込んだのがマルセイユ義勇兵だとしても、疑念が一つ残る。彼らがマルセイユを出発するのは1792年7月2日、そのパリ到着は7月30日で、四週間かかっている。当時のフランスの夏は今ほど暑くはなかろうが、マルセイユからそのまま持ち込めるとは考えにくい。さすがに腐ってしまうのではないか? そうだとすると、パリに細々と出回っていたトマトが、マルセイユ義勇兵のおかげで有名になったのだろうか? よくわからない。誰か調べてくれないだろうか?

 トマトの美味しい季節になってきた、ということで、小ネタでございました。

 

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