セザール・フランクを巡って

 2022年のうちに、今年生誕200年となる作曲家セザール・フランク(1822~1890)について、一つ文章を書き記したかった。本当であれば、いくつかの資料にあたり三回くらいに分けて書きたかったが、とてもその時間はない。とはいえ、来年に延ばせばタイミングを逃すことになる。まずは、今思いつく限りのことを書いておきたい。

 

 最も好きな作曲家は誰か、と聞かれたときに「フランクです」と答えるかはわからない。しかし、実際に会って話してみたい作曲家は誰かと聞かれたら、間違いなく「フランクです」と答える。彼の音楽を聴いていると、大仰ではあるが、「芸術と人格との一致」と口走りたくなる(フランクに対しては、多くの人がこれに似た評を残している)。官能性と宗教性との稀有な調和を見事に表現するその音楽を聴いていると、「慎み深い敬意」という現代な稀になりつつある美徳を持つことが、そのまま生きる喜びに繋がる思いがする。このような音楽を作り上げたのが一体いかなる人物なのか、ぜひ実際に見てみたいのだ。

 

 フランクの名前をいつどこで覚えたのかは、はっきりと覚えている。中学の頃、芥川也寸志の『音楽の基礎』(岩波新書)を読んでいると、ある譜例について、「Ex 99. は、ほとんど神のなせる業かと思わせるセザール・フランク César Franck (1822-1890)の傑作「ヴァイオリン・ソナタ」の終楽章開始部。ピアノとヴァイオリンの忠実なカノン。まったくすばらしい音楽だ」(初版の頁付で182-3頁)とあったのだ。この表現、中学生をノックアウトするのは十分であり、どのようにしてか忘れたがさっそく聴いてみた。「神のなせる業かと思わせる」という表現は、決して誇張ではないと思った。こちらについては、2020年9月18日の記事でもリンク先をご紹介したけれど、改めて、以下の演奏をどうぞ(件の最終楽章のみです)。

 

https://www.youtube.com/watch?v=G3WQJ4NBJLg

 

 すぐ後に、フランクの交響曲も聴いている。今のように、YouTubeで簡単に聴くわけにもいかず、CDもそれなりに高かったので、当時北新宿にあった民音会館に楽譜を借りにいったついでに初めて聴いたのだった。もう〇十年前のこととなるが、その時に大いに心動かされて集中して聴いたこと、三楽章が始まったときにその解放感に心震えたことは覚えている。演奏としては、ゆっくりと音楽のダイナミックスを浮き彫りにする、ジュリーニ指揮ベルリン・フィルのものをよく聴いていた(ウィーン・フィルのものもよいらしいが、なぜか未聴)。なお、以下のリンク先のクリヴィーヌ指揮のものも素晴らしい。ともすれば大仰になりがちな三楽章をしっかりとコントロールしている姿は、この曲に向かう最もふさわしい姿勢ではないかと思う。

 

https://www.youtube.com/watch?v=-MeQiYLHGWo

 

 全楽章通じて聴いていただきたいところですが、まずは3楽章から聴いていただくのでもよいかと(28分20秒くらいから)。一般に、勝利を高らかに歌い上げる交響曲には、どこか他者を排除するようなところがあるけれど、この曲には、自分自身のうちにある魂の弱さに打ち克つといった趣があり、独善性すれすれの危険がないことも好ましい。

 ところでふと思い立って、吉田秀和『名曲三〇〇選』でこの交響曲に関する記述を見ると、「ヴァグネリアンの劇的で粘っこい表現が、さんざんきいたあとでは、鼻につくようになる」(同書ちくま文庫版、2009年、282頁)と点が辛い。しかし、今手元にはないのだが、吉田には「セザール・フランクの勝利」という小品があり、タイトルの通りフランクをたたえていたはずだが、そのうちでこの交響曲はどのように扱われていたのだろうか? これは後で確認せねばなるまい。

 

 その他、フランクについては、ピアノ五重奏曲弦楽四重奏曲といった室内楽の佳作があるが、それについて何かを語る準備はない。これについては、またいずれ。

 

 その他フランクの傑作としては、遺作とでもいうべき、「三つのコラール」がある。形式の美しさと内容の充実から言っても、見事なものではないか。

 こちらについては、以下のリンク先から聴くことができます。

 

https://www.youtube.com/watch?v=cmN0I8W40gw

https://www.youtube.com/watch?v=Lt2bcGBxtHg

https://www.youtube.com/watch?v=XgK3t1o0xZQ

 

 年末、静かに過ごされるのであれば、こちらを聴きながらというのも一興かと。

 

 なお、冒頭に記したように、本当であればフランクについていくつか資料を読んでからあれこれ書き記したかった。フランクの影響の拡がりについては、フランソワ・ポルシル『ベル・エポックの音楽家たち セザール・フランクから映画の音楽まで』(安川智子訳、水声社、2016年)がある。こちらは幸い読了したが、19世紀後半から20世紀前半のフランスでの音楽シーンを知るには最良の書物の一つではないかしら。その他、日本語で読めるものとしては、ヴァンサン・ダンディ『セザール・フランク』(佐藤浩訳、アルファベータブックス、2022年)とエマニュエル・ビュアンゾ『フランク』(田辺保訳、音楽之友社、1971年)がある。前者は1953年に音楽之友社から出ているが、長らく入手が難しかった。今回このような形であえて再販をなさった出版社の方には、心から感謝している。まだ途中までしか読んでいないのだが、ダンディのフランクに対する「慎しみ深い敬意」には、心を打たれる。

 なんにせよ、これらの書物を読んで、またいずれ、この作曲家について何かしらは書いてみたいと思っている。

 

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