女性が主人公のボクシング映画

 少し前に、映画『ある男』を観た。人の同一性といった哲学的な話題は抜きにして、純粋にエンターテインメント作品として楽しめる。筋もよくできているし、それぞれの俳優の演技も味わい深い。途中の妻夫木聡柄本明のやりとりなど、相当の迫力。

 ところでこの映画、途中でボクシングが重要な役割を果たす。他方この映画、主人公の一人を演じるのは安藤サクラ。「ボクシング」、そして「安藤サクラ」と来れば、自ずと、映画『百円の恋』が連想される(彼女が『ある男』の中でボクシングをするわけではない)。

 『百円の恋』、もう八年以上前の映画となるけれど、心地よい印象が残っている。主人公がボクシングを始めることで徐々に人生を変えていく、というプロット、ありがちなものだが、その成長は単純に心を打つし、安藤サクラの快(怪)演も心地よい。機会があれば、ぜひ一度ご覧になってください。

 さて、女性主人公がボクシングに打ち込む映画というと、昨年公開された佳作『ケイコ目を澄ませて』が続いて浮かぶ。聴覚障害を持つ主人公ケイコ(岸井ゆきの)のボクシングに打ち込む姿が、観る者の心を揺さぶる。筋立て、映像、演技、すべてが、ボクシングに求められる禁欲性を反映しているかのように清々しい。描かれる人間関係も近すぎず遠すぎず、理想的なものとなっている。作られた爽やかさではない、真の爽やかさを描く作品だと思う。こちらも機会があれば、ぜひ。

 さらに「女性主人公がボクシングに打ち込む映画」と言えば、当然『ミリオンダラー・ベイビー』が浮かぶ。こちら、二十年近く前の映画館での公開時に観ているのだが、あまり記憶に残っていない。前半は普通のサクセス・ストーリーだったこと、そして衝撃のラストは覚えているが、しかし、残りの部分が淡い記憶となっている。あるいはあのラストのゆえに、他の箇所の記憶が曖昧になってしまったのだろうか。

 

 いずれにせよ、人が何かに打ち込む姿は尊く、そして観るものの心を強く動かす。ボクシングが、時に映画で主題となりあるいは隠し味とされるのは、そのゆえであろう。そして、主人公を女性となったとき、そうした「尊さ」「感動」は、一層強いものとなるのだろう。とはいえ、感動を生みやすい構図だからこそ、良い作品となるためには、何かしらの「ズレ」などの仕掛けが必要となってくる。ここに挙げた映画はいずれも、「感動」の部分を大切にしつつ、俗に落ちないための「仕掛け」をしっかりと設定しているからこそ、高い評価を受けているのでしょう。

 

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