渥美清と倍賞千恵子が夫婦を演じている映画

 引っ越した結果、詳細は省くがケーブルテレビに加入することとなった。色々と思うところもあり、あと一カ月もすれば加入をやめるつもりだが、期間限定で楽しもうと思っている。実際邦画の見放題などは助かるところがあって、これまで見ようと思いながら見逃してきた映画(具体的に名前を挙げれば『蒲田行進曲』や『キネマの天地』など)を鑑賞することができた。最近はDVDのレンタルが難しくなっているだけに、ありがたいことである(しかし、レンタルがこれほどしにくい世の中を、果たして便利だと言えるのだろうか?)。

 ところで『キネマの天地』では、渥美清と倍賞千恵子の関係が、『男はつらいよ』シリーズと違って、長屋の隣人同士となっている(前田吟が倍賞千恵子の夫役を、吉岡秀隆が息子役を演じているのは『男はつらいよ』と同じ)。それを見て、「そういえば、渥美清と倍賞千恵子が夫婦役を演じている作品はあったかしら」などと漠然と思いながら、さらに視聴可能な邦画リストを眺めていたところ、ありましたよ! 

 1968年に公開された『白昼堂々』。こちら、渥美清がスリの集団の親玉ワタ勝を演じるのだが、このグループに加わる美人スリよし子を演じるのが倍賞千恵子。ワタ勝はよし子に惚れ込み、結果二人は結婚することとなる。二人の間の男女の機敏や情の通い合いをそれらしく描くシーンがそれほどあるわけではないが、それでも二人が夫婦を演じていることは間違いない(なお、脱線するが、ChatGPTに「渥美清と倍賞千恵子が夫婦を演じている映画を挙げてください?」と聞いてみたが、自信満々に(『男はつらいよ』シリーズなどの解説と共に「ありません」と答えてきたー有料版ならちゃんと答えてくれるのかしら?)。

 倍賞千恵子という女優は、特に「さくら」を演じることで、男たちの「甘え」に近い感情(妄想)を長年にわたって受け止めてきた、と思っている(それはそれですごいことなのだが)。そうした女優がスリを演じて渥美清を翻弄する姿は、心地よくもあれば、男たちの「妄想」(?)を破壊してもくれよう。もちろん倍賞千恵子は他にも色々な役を演じて様々な姿を見せているわけだが、『白昼堂々』におけるコミカルな姿は、心にとどめておきたいとも思う(ちなみに最後の方では、警官相手に足を露わにして啖呵を切るシーンもある)。

 

 ちなみにこの映画の監督は野村芳太郎。私にとって(そして恐らくは多くの人にとって)野村芳太郎というのは『砂の器』や『鬼畜』を監督した社会派の監督なのだが(今回ケーブルテレビに入ったおかげで、やはり長年見たかった『疑惑』も鑑賞できた)、こんな喜劇も作っているのですね。そうなのか、と思って改めてwikipediaにある彼の作品リストを見直すと、コント55号が主役を務める映画もかつ多く作っているらしい。喜劇映画作家としての野村芳太郎を論じる、ということも可能なのかもしれませんね。

 

M&M's

(7月22日記)

 

レトルトカレー

 一人暮しでは、手を抜けるところでは無理せず抜いた方がよい。ある程度自炊しているが、根を詰めれば続かないだろう。そのように考え、週に一度か二度くらい、レトルトカレーを食べている。だいたいは、昼食のタイミングでお米を炊く時で、炊き立てのご飯で気に入っているレトルトカレーをいただくこととしている。簡単なサラダを添えればそれなりの食事となるのでありがたい。
 ところで家族と暮らしていた時には、100円から150円くらいのレトルトカレーで満足していた。全員で食べるのだからあまり高いものにしないのだ。具が少ない時は余ったジャガイモや鳥のささみを加える、といった工夫はしていたが、いずれにせよそれで満足していた。ごく稀に200円くらいのものを買ってきて妻と食べる、といったことはあったが、贅沢といってもその程度。レトルトカレーの値段の上下は200円程度(税抜き)だったのである。
 しかし一人で暮らすようになった最近、ちょっと様子が違う。200円ほどのお気に入りのレトルトカレーが出来たのが大きい。大概はこれを食べている。先日「こりゃいかん、倹約しなければ」と思い、昔よく食べていた100円のレトルトカレーを食べたのだが、やはりスパイスその他、物足りない。
 「ああ、自分も贅沢になったものよ」と思いつつあったそんなある日、ふと思い立って300円のレトルトカレーと400円のレトルトカレーを買ってきた。そして、300円のカレーと食べてみたところ「衝撃」というか(←大げさ)、やはり圧倒的に美味しいのである。これを食べ慣れたら200円の世界には戻れない、といったところである。今の私の思いを率直に言えば、「400円のレトルトカレーは食べない方がいいのではないか」というものだ。
 人間は確かに贅沢に慣れていく。その結果出費もかさみあれこれ不満を言うようになる。実は若い頃からこの仕組みはわかっていて、だからこそ贅沢な場には意図的に触れないようにしてきた(もちろんごく稀に触れる時は、それはそれで楽しむようにしてきたけれど)。しかし、ここ数ヶ月、レトルトカレーについては全くうまくいっていない。贅沢を楽しみたいような気すらしている。
 しかし、考えてみるならば、外で食べれば1000円くらいはかかりそうなカレーをわが家で300円か400円で食べられるならば、それはそれでよいのではないか、という気もする(人はこういう言い訳のもと、贅沢(?)にはまっていくのですよね)。
 締まりのない話ですが、そんなことを考えながらカレーを食べるのが、最近の楽しみの一つなのです。


 M&M's
 (7月16日記)

時計がない!

 昔から時計が苦手だ。中学生の頃、腕時計に憧れてつけていた時期もあるが、すぐに忘れてしまうのと案外邪魔になるとの思いから、結局身に着けなくなってしまった。チェロを弾くというのも、多少はあったかもしれない(演奏の時には外せばいいのでは、というもっともな意見もあるだろうけれど、そうすると、忘れる確率が上がってしまう)。

 学生時代はそんな感じで乗り切った。仕事に就いた後も、幸い、比較的時間を気にせずに済む仕事なので、普段用いているPCとスマートフォンの時計があれば、用は足りていた。もちろん会議の時はアラームをかけるなどするけれど、わざわざ身の回りに時計を置こうという気にはならなかったわけだ。

 ところが一人暮らしを始めるとどうも勝手が違う。職場ではPCをつけているのが普通なので時間の確認など簡単なことだ。しかしわが家にいると、思った以上に手間がかかる。時間を知るためにわざわざスマートフォンを取りに行くのが億劫なのだ。慌てふためいて出かけるような生活をしているわけではないが、時間がわからないと、朝の諸々の作業をしている時の「テンポ感」のようなものがわからない。「ずっこける」というか、リズムに乗れていない感じがする。

 思い返すと、 家族で暮していた折にはリビングと台所、そして洗面所には時計があった(仕事部屋にはなかったが、PCを使って仕事をしていることが多かったので、さしたる問題ではなかった)。そんなことを思い返しながら顧みるうちに、特に、洗面所と台所に時計がないのがいけないのではないか、と思い至った。

 私はとりわけ身だしなみに気を遣う方ではないが、洗面所では人並みにある程度の時間は使う。ある程度時間をかけると言えば、歯磨きだろう。そう、歯を磨いている間に時間がわからないと、なんとなく手持無沙汰であると同時に、これから出かけるまでにこんなテンポで仕事をしようと予定を立てるための一番重要な情報が得られないのだ。台所も似ている。料理を始めれば一定の時間はそこにいなければならないが、今の時刻がわからなければ、それから先の予定をイメージしにくい。加えて、料理をしていると「フライパンの蓋をして5分」といった指示に出会うわけだが、この「5分」はやはり時計で計りたいところだ(1分半くらいなら、数えてしまうのですけれど)。

 「時計を置かず時間に縛られないフリーダムなオレサマ」を気取っていたけれど、いや、これはやはり生活の質が下がる。というわけで、洗面所と台所に置く時計を近々に買いに行く予定です。台所のものは、ストップウォッチ機能がついているものにしないといけませんね。「こんな時計にすると便利だよ」というアドヴァイスがある方は、ぜひぜひお知らせください。

 

M&M's

(7月10日記)

桂林へいってきた

フィラデルフィア時代の友人に誘われて、桂林へ行ってきました。

実は、中国に住んで二年になるのに、国内旅行をするのはこれがはじめてです。いまだに中国語がまともに話せないことや、日中関係の緊張も少し気になって、生活圏の外へ出るのには腰が重かったのでした。

旅程は、桂林市の観光地の近くに一泊、陽朔に二泊。メンバーは、私と夫と娘、友人と双子のお子さん、それから友人のご両親です。

今回旅行して分かったのは、配車サービスと出前が使えて、それなりのホテルを用意できれば、中国語ができなくても、なんとか旅行はできそうということでした。中国国内旅行も、もう少し軽い気持ちで出かけられるきがする。(今回は友人がすべてアレンジしてくれた。大感謝)

桂林の景色は、ほかにはない感じですばらしかったです。湿気があって暖かく、植生も北京より日本に近い感じがしました。あと料理も南のほうが日本に近いかも。米を作る土地で、米の麺が主食で、スパイスどばーとか、唐辛子ばさーとかしないので。

夜に見たパフォーマンス『印象・劉三姐』も、ほんとうに素晴らしかった。桂林らしい独特の山々を借景に、暗闇の中で光と歌と踊りとが重なっていく。いくつかの少数民族の歌は生歌だったのではないかな。舞台空間そのものを堪能しました。

 

あと、帰りに乗ったDidi(中国のシェアライド)でのこと。空港まで、七十分ほどの道のりでした。(メモ:陽朔から空港へタクシーを使う際、そのタクシーは帰り道を空で帰る可能性が高いので、その分チップを払うのがマナー)。

運転手さんが日本に対して非常に悪い印象を持っていて、道中、彼のそういう語りを延々と聞くことになってしまいました。翻訳アプリは素晴らしいけれど、こういうときたいへんです。こちらとしては「ごめんね」と言うしかないような会話が続くことになったのでした。(根が悪い人ではなかったので、私が桂林の霧にけぶる景色に賛嘆すると、嬉しそうに同意してくれるのですが、それからすぐ、歴史の話になるのでした。。。)

彼の言葉の中には、正義感、悲しみ、怒り、日本への猜疑心、そしてすこしの羨望も混じっているように感じられました。 やったほうは忘れても、やられた側は忘れられない、という状況にあることに、申し訳ない気持ちになりました。

北京では、すべてではもちろんないけれど日本に親しみを持ってくれている人もたくさんいるように感じます。北京の人にとっては日本は自分や親戚や友達が実際に行く可能性のある場所だからかもしれません。(とはいえ、日本人であることを理由に乗車拒否されたこともある。)

一方、地方に生まれ、日本へ行く機会などまずなくて、想像と映像の中で日本人に接する人は、教育や公的な語りで醸成される感情をしっかり受け取ってしまうことが比較的多いのかもしれません。

歴史の教育は難しいです。ただ、国を一つにまとめるために外への怒りをあおるというのは、もろ刃の剣ではあると思う。他国との関係を草の根で損ねてしまうので。

これに対して、日本の教育では、少なくとも私が受けた30年前は、日本が第二次世界大戦で中国や東南アジアでしたことについて口を閉ざしがちでした。これはこれで、他国との関係を草の根で損ねる可能性がある。そういう過去の出来事について、後世の人が知らないこと(≒なかったことにされる)は、その影響を被った人々にとってショックで、失礼にあたるから。(中国に住むようになって得た視点)

過去の歴史をできるだけ知っておくのは、私のするべきことだと思う。とはいえ、個人同士が出会ったときに、国同士の歴史の責任問題を、たまたま目の前にいる一人の日本人に背負わせて、その人をただ謝るしかない場所へ置くことも、あまりうまい関係の結び方ではないと思う。

そんなことを考える旅の終わりでした。

 

こけぐま

世界初演の曲を聴いてみた

 マニアなどとはとても言えないが、コンサートには年に数回程度行く。基本は室内楽で、曲目に興味を惹かれればオーケストラにもたまに行くといったところである。

 もうそれなりの年なので色々な曲を聴いてきたが、先だって、生まれて初めてコンサートで世界初演の曲を聴くこととなった。特定されないために、細かい構成などは記さないが、演奏者たちのために作曲されたことだけは記しておく。

 曲は、劇的な緊張のたかまりと弛緩とをよく表す、ある種の現代曲に見られるタイプのものだったが、それなりに面白く、15分程の間も飽きることなく聴くことができた。ただ、「世界初演」の曲には難点が一つ。当然のことだが、予習が原理的にできない。何か「事件」らしいことが起こっても、「えっ、今何があったの?」と思ううちに曲はどんどん進んでいくのだから、とにかく曲についていくしかない。だから、終わった後は、「世界初演に立ち会った」という興奮と共に、「今の曲はなんだったのだろうか?」という微妙なフラストレーションも残るものだった。

 だから、聴き終わった直後の思いは、「もう一度聴きたくもあるけれど、CD化されることもないだろうし、難しいだろうな」というものだった。

 

 しかし、この予測は良い意味で裏切られることとなった。

 プログラム全体の終了後、当の曲がもう一度演奏されたのだ。演奏家の方々によれば、「世界初演の曲は、同じ日にしばしば二度演奏される」とのこと。アンコールで再度演奏される、ということも多かろう。もちろん、不可能な場合も多かろうが(「トゥーランガリラ交響曲」をアンコールで最初から演奏されたら、聴衆は困るだろう)、今

回は15分程度の曲であるからこそできたわけだ。「ああ、確かにこんな曲だった」と再認したり、「こんなふうにしていたのね」と発見する喜びはそれなりに大きかった。

 そんなわけで、私にとって初めての「世界初演」に立ち会うという経験を、十分に味わったのであります。

 

M&M's(7月1日記)

 

日記

久しぶりすぎて書く姿勢がおぼつかないけど、とにかく書きます。

・娘が日本人学校に入学しました。環境のそこかしこで「あ、日本!」と感じます。なので、学校と家の往復の生活をしていると、感覚的にはずっと日本にいる感じがします。担任は石川出身のベテランの先生です(手話も英語も中国語もできる、そんな小学校の先生が石川にいるなんて!)。子供たちをよく見てくれていて、娘の面白発言を教えてくれたりもします(「わたしもそろそろ(クラブ活動の)体験なのよ」)。よい先生とお友達に恵まれてとてもありがたい。

一方、三食昼寝付きだった幼稚園時代と比べると、私の仕事時間は週に10時間以上減ってしまいました。これはさすがに何か対策を考えないといけないのだけど、よい案は、ハイカロリーなのでちょっと迷っている。

 

・中国に来て以来、最初に取り組んでいた仕事が、もうすぐ出版されます(長かった!)。夫の生涯においても、結局いちばん大きな仕事になるかもしれない、という内容なので、ただ出して終わりにはしたくないなと思っています。私たちはまだ駆け出し+アジアなので、どんなにいい仕事でも、放っておけば、無視されて終わる可能性もある。なので、なんらか広報活動をしたいと思っている。

 

こけぐま

皆さん、綺麗な服を着ていらっしゃる

 上京したついでにオペラシティのアートギャラリーで開催されていた展覧会、「拡大するシュルレアリスム」を覗いてきた。シュルレアリスムにくくられる絵画、写真、オブジェなどを集め、さらにはこの動向に影響を受けたと思しきポスターや雑誌記事、あるいは書籍なども展示するもの。私はシュルレアリスムにはとんとうといのだが、それでも、この運動が相当持続的で、かつ有形無形の影響を様々に残していることは十分に感じ取れるものであった。個人的には、シュルレアリスムの書籍に興味を惹かれる(特に、マックス・エルンストの『慈善週間 または七大元素』)。

 

 ところで展覧会場をふらふらと彷徨ううちに、ふと「しかし、いらっしゃる方、皆さん綺麗な服を着ていらっしゃる」という思いが浮かび、そうなるとあれやこれや周りの人の服をさりげなく観察することとなるのだが、確かに、素敵な服を着た人が多い。シュルレアリスムの展覧会に来る人というのはそれなりに美意識が高いのだろうか、などとも思う。私はといえば、気軽なジーンズ姿で、恥ずかしくなるということはないが、多少自分が場違いなような思いがしないでもなかった(もっとも、気軽な格好の人もそれなりにいたのだけれど)。

 もしかしたら、綺麗な服を着ている方々は、そうした素敵な服を着て美術館に来ることで「気持ちを上げて」いるのかもしれない。なるほど、しっかりと身支度を整えて美しい格好で美術品を眺めれば、それなりに心も高まるかもしれない。それに、美しい美術館に行くのであれば、そうした周囲に相応しい姿をしていくことは半ば訪問者の「義務である」と言えなくもない。そうした方が、なるほど、一層面白いかもしれない。

 私はと言えば、自分の格好がほとんど気にならず、あえて気取って言えば対象に対して専ら注意が向いてしまうのだが、しかし、美術館に行くならそれなりの格好をしていきましょう、という考え方も好ましいような気がしてきた。「家に帰るまでが遠足です」をもじって言うならば、「家を出てから帰るまで、すべてが展覧会なのです」と言っても良いかもしれない。

 生来の不精者なので、次に展覧会に行くときにそんな殊勝な心掛けになるかはとんとわからないのだが、それでも、そうした思いを心の片隅に留めておくのは「気持ちを上げる」ためにはいいだろう。

 

 ところで、全く関係ない話を一つ。

 この展覧会では映画『アンダルシアの犬』を全編観ることができた。全編といっても21分だから、大した時間ではない。この映画、気になりながら、長い間未見であった。理由は単純、ご存知の方はご存知のこの映画の例のシーンが、とにかく生理的に受け付けないのではないか、と、恐怖に近い感情を抱いていたのだ。中年男性なのに情けなや。とはいえ今回は、「これでがんばらないともう『アンダルシアの犬』を観ることは二度とないぞ」と自分に言い聞かせ、ひたすらスクリーンを見つめていた次第。当のシーンも終わってみれば、なんのことはない(また観たいか、とは思わないけれど)。というわけで、この展覧会に行ってよかったことは、下手をしたら一生観ないこととなったかもしれない、映画史上の有名作品を、一応は鑑賞した、ということとなります。

 オチがなく、なんとも申し訳ないのですが、『アンダルシアの犬』が気になって、もう何十年、という感じだったので、この件にケリがついたことはよかった。

 

M&M's

(6月29日記)