サン=サーンス ヴァイオリン・ソナタ第1番 op. 75

 『失われた時を求めて』における重要な楽曲の一つ、「ヴァントゥイユのソナタ」に触れたついでに色々と。
 前々回も書いたが、この曲についてはモデルを巡り色々な議論がなされてきている。実際のところは、プルースト自身が知るいくつかの曲のイメージをもとにした創作ととるべきなのだろうがただし、サン=サーンスのヴァイオリン・ソナタについては、プルースト自身の明確な証言が残っている。「サン=トゥーヴェルト夫人邸の夜会の場面では、私の好きな作曲家ではありませんが、サン=サーンスの『ピアノとヴァイオリンのためのソナタ』に出てくる、感じはいいけれど凡庸というほかない楽節を念頭に置いていました(何度もくり返しあらわれるその一節がどの箇所か正確に申し上げることができます。ジャック・チボーが演奏して大当たりをとった一節です)。」(1918年4月20日のジャック・ド・ラクルテル宛て書簡:『失われた時を求めて 第2巻 スワン家のほうへ II』(吉川一義訳、岩波文庫)、349頁、註(213)を参照の事)
 YouTubeのリンクは以下から。

https://www.youtube.com/watch?v=LidLNIwKdiY

 プルーストサン=サーンスのことを「凡庸」と呼んでいるのは興味深い。2024年10月4日の記事で記したように、プルーストサン=サーンスを称賛している箇所もある。しかし、私信での批判の方が、プルーストの思いを反映している可能性が高い。そうすると、この過去の記事での私の書きぶりはあまりよろしくないことになる。難しいものですね。
 それはともあれ、サン=サーンスはそれほど凡庸な作曲だろうか? プルーストの評価はやや厳しいようにも思われる。自身の音楽観を成熟させたプルーストが、この第三共和政期の音楽界の大物への評価を段々と厳しくしていく経緯は色々とあるらしいが、詳細はよくわからない。これについては、いずれ時間ができたら調べてみたいところだ。
 もっともこのように書きながら、私自身、サン=サーンスのことをよく知っているわけではない。サン=サーンスというと『動物の謝肉祭』に収められた「白鳥」、交響曲第3番オルガン付き、チェロ協奏曲、このヴァイオリン・ソナタ、そしてピアノ協奏曲のいくつかしか知らない。なんとなく「それでいいや」といった気分になってしまっている。
 もっとも、少し後のドビュッシーラヴェル、あるいはフォーレの影に隠れて過小評価されているきらいはあるかもしれない。実際のところ、確かに天才的なメロディー・メーカーだと思うし、もう少し色々と聴き込んでみたいと思うところもある。皆さんがご存知のサン=サーンスの良い曲があったら教えてください。
 
 しかし、サン=サーンスというのは、第三共和政を代表する作曲家だなと思う。普仏戦争後に設立された国民音楽協会の会長を長く務めている点、当時のコロニアリズムの影響を感じさせる『黄色い女王』(日本の王女が狂言回しになるとのこと)を作っている点などは、第三共和政をまさに象徴していると言えるだろう。その他、「ヴィクトル・ユゴー賛歌」(作品69、1881年作曲)も作曲している(未聴ですが)。第三共和政の「聖人」ユゴーに捧げる曲を作る、という一事をもってしても、彼を「第三共和政を代表する作曲家」と呼ぶことができるかもしれない。

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