電車に乗って本を読みに行く

 半ば思うところがあり、半ば必要から、昨年11月26日の記事で触れたメリメの『コルシカの復讐』を、所蔵する図書館まで出かけて読んできた。繰り返しておけば、これは、コルシカ島での復讐劇を描いたメリメの傑作『コロンバ』を子ども向けにリライトしたもので、私が子どものころ自宅にあり、その表紙が漠然と心の底に残っていたが、あることがきっかけでその記憶が揺り動かされたわけだ(なお、後で触れるように、私としてはこの本は読んでいるつもりなのだが、その記憶は心もとない)。

 昨年この本のことを思った折には、当然所在を探してみた。一応実家の家族に聞いてみたが、さすがに処分してあるだろう、とのこと。古書店には一つだけ在庫があったが、少々値段が張り、購入は躊躇っていた。後は、地下鉄やらJRやらを乗り継いでいった先の図書館にあることはわかったが、急ぎでもない、ということで、すぐに読みに出かけもしかなったのだ。

 ところが一冬過ぎて最近ちょっと事情が変わり、この本の表紙の写真が必要となったのだ。それでは、と件の古書店から買おうとしたら、ちょうど売り切れてしまっていた。気になって折々チェックはしていたので、正にこのタイミングで売れたことは間違いない。迷った古書はすぐに購入すべし、という教訓話がまた一つできてしまった。写真だけでも良しとすれば、この古書店が掲載してた写真が残っているが、利用を許可してもらえるかもわからない。しかし、件の図書館まで出かければ、写真は私が撮ったものとなるし、実物も四十年ぶりに読むことができる、と思い立ち、出かけることとした。正確に言えば、住まいの近くの図書館に取り寄せることもできたのだが、予め問い合わせたところ、補修やら事務手続きで時間がかかる可能性もあるとのことで、今回は期限があり、出かけることとした。件の図書館に行ってみたかったのもあるが。

 こうして、二年ぶり(!)にJRに乗り、隣町にある図書館まで出かけたわけだ(「隣町」と簡単に書くけれど、それなりの距離はある)。

 

 上に記したように予め電話をしていたので、『コルシカの復讐』は既にカウンターに準備されていた。自分に甘いかもしれないが、司書の方は、とても嬉しそうでいらっしゃったとも思う。日本全国を探しても所蔵館の少ない70年前の児童書を探しに来た人に対しては、そうしたものではないか。今回のこの話、ちょっとアレンジすると漫画『夜明けの図書館』のエピソードに使えるような気もする。「こんなふうに、子ども時代の記憶を頼りに、何十年も前の児童書を読みに来る方はいらっしゃいますか?」とお聞きしたい誘惑に駆られたが、お仕事の邪魔になると思い、やめた。いると信じたい。

 こうして私は、昼下がりの優しい日の光が差し込む閲覧室で、四十年以上ぶりに『コルシカの復讐』に相対することとなったのだった。

 もっとも、正直に言うと、劇的な感動といったものはなかった。ページを繰りながら自分の記憶を探ってはみたが、ああ、確かにこれを読んで時を忘れた、という記憶が鮮やかに蘇ることはなかったのだ。もっともこれについては、「悲しい」ということはない。今回はインターネット上で本の表紙の画像も何度も確認していたし、おおもとの『コロンバ』を既に読んでしまっていたというのもあって、再会の「感激」は薄まったように思う。同窓会で会う四十年ぶりに相手と、直に会う前にZoomで何度も話してしまっている感じだろうか? 時間の関係上、飛ばし読みに近くなってしまったこともあろう。そもそもこの話、いくら子ども向けとはいえ、小学校低学年の私にどこまで楽しめたかは少々疑わしくも思う。だから、読んだとはいえ、話はすぐに忘れてしまい、ただただ表紙だけが心に残ったのであろうか。もしかしたら、この本を読んだという記憶すらねつ造されたものかもしれない(家にあったことは間違いないが)。とはいえ、最後のシーンはうっすらと記憶に残る気もする。いずれにせよ、これを本当に読んだのか実は読んでいなかったのか、確認しようのないことがまた一つできてしまった。

 ただ、この『コルシカの復讐』の表紙はいたく私の心に残り、私の中の何かを決定づけたということ、今でもこの表紙を見ると、子どもの頃に感じた甘やかな「何か」が微かに蘇ることだけは、確かに言える。

 

 最後に一つだけ。

 お目当ての本を読むために電車に乗って図書館に行くということは、若い頃もたまにあった。長じては仕事から、資料を読むために電車のみならず飛行機を使って出かけたこともある。しかし、インターネットによる多くの書籍の画像(テキスト)データ公開が進んでからは、そのように出かけることはとんとなくなった。もちろんそれが悪いなどとは全く思わないが、資料探索・資料閲覧にまつわるある種の情緒がなくなったことは否めない(書いていて恥ずかしいくらい凡庸な感想だが・・・)。

 しかし今回、思いもかけない形で久しぶりに、電車に乗って本を読みに行くこととなった。わざわざ電車に乗ってでも読みに行きたいと思える本があることは、やはり生きていることの幸せに数えてみたい。

 折角なので、写真を掲げておきます。

 

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