恩師の方

 恩師の一人が先週亡くなりました。享年八十七歳。覚悟していたこととはいえ、思った以上にさみしさを感じました。

 専門は行政学(私の専門とは相当違います)でいらっしゃり、私の中学時代からの親友のお父さまで、折に触れて私のことを心にかけてくださりました(正確に言えば、周囲にいるすべての方を心にかけていらっしゃいました)。一年に一、二度お会いし、様々なことをお伺いしましたが、20年ほど前におっしゃったある言葉は、今でも心に深く残っています。私が、「行政学とはどのような学問ですか?」とお尋ねした時の、答えです。それは「行政の意思決定プロセスの記録者、書記のようなものです」というものでした。もう少し言えば、こういうことです −行政の意思決定における諸手段、わけても法律の使い方などについては、実地の官僚のほうが行政学者よりはるかに精通しているが、行政学者はそうしたプロセスを一歩退き、場合によっては新たな視点から観察しつつ、その過程を概念化・整理し、官僚の自己理解に資することを使命とする−
自戒の念をこめて書きますが、人文社会系の学者は、時に啓蒙的になりすぎたりオピニオンリーダーを気取ったりすることがあります。気をつけねばなりません。上の学問理念は、そうした立場の対極にあって、学問に携わるものに必要な謙虚さを十分言い表わしていると思うのです。「書記・記録者としての学者」という言葉は、自身の学問の理念を考える際に、誰でもが立ち戻るべきものであると信じます。

 ここ十年ほども、一年に一、二度は必ずお会いし、今年のお正月もご挨拶をしてきたので、飛行機の距離の場所で行われるお別れの会には欠席の予定でしたが、お別れの前夜式は、仕事に影響なく出席することができるとわかり、行ってきました。先生と縁のある方々と最後のお別れを共にできたことは、やはり大きな慰めでした。

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