偶然の邂逅

 「新宿を歩いていたら偶々〇〇と会ってさー」なんて話、みなさん、聞きたくないですよね。私もそうです。知人がそんなふうに話し始めたら、走って逃げるとまでは言わないが(本当は走って逃げたいけれど)、話題をとっとと変えるタイミングを虎視眈々と狙います。
 しかし、書かせてください。すいません。

 

 2月某日、私は渋谷にいた。フランスからの客人の接待に付き合い、素晴らしい食事を堪能し、その後主催者から示された支払額(客人分を含む)に比喩ではなく目を白黒させつつも、とりあえず「二次会に向かおう」と歩いていた(海外からの客人の接待をした方にはおわかりいただけると思うけれど、ずっと外国語で話していると、その後どうしても、日本語で気楽に話したいという欲求にとらわれてしまう)。
 知人に「これはもう僕の知っている渋谷ではない」などと生意気なことを言いながら、しゃれではなく迷宮のような渋谷の駅ビルの中を歩いていると、記憶に刻み込まれた顔の人物が、知人と話しながらだろうか、前方から歩いてきて、あれ、と思ううちにすれ違った。間違えなく彼だ。大学の時のオーケストラでその見事な技術とカリスマ的な性格で皆を率い、その後、ヨーロッパ某国に渡って修行を重ね、今ではあちらの某オーケストラでヴァイオリンを弾いているKくんである。十年ぶりくらいになろうか? 一瞬「なぜ日本に?」と思ったけれど、「まあとにかく」と思い、一緒にいた知人に「ちょっと待っていて」と話して踵を返して追いかけた。やはりKくんで、一時帰国中とのこと。たまたま来日していた音楽家と寿司を食べに行った帰りとのことで、もうこの方とは十分に話したから、ということで、こちらに加わってくださった。知人と向かった二次会についてもあれこれあるが、それは省く(ユーロ高だから、といって、初対面の私の知人の分まで払ってくれた)。
 しかし、なかなかの偶然ではないだろうか。いや、ヨーロッパ某国に住んでおり一時帰国中の人間と、本州に住んではおらず出張で偶々東京にいた人間が、渋谷に雑踏の中ですれ違うのである。「いや、偶然とはそういうものだし、まあ、レアだろうけれど、だから何? オチは?」と言いたくなる皆さんの気持ちもわからないではないけれど、話したくなる私の気持もわかってほしい。

 ところでこれにもう一つ別の「偶然」が重なった。帰り際、終電近くまで彼と立ち話をしていたのだが、二週間ほど後に、同じオーケストラだったSくんならびにもう一人別のKくんと都内で呑むという(一瞬、「誘われていないよ」と拗ねかけたが、普段東京から〇百キロ離れた場所にいる私を誘わないのは当たり前)。ちょうどこれがまた、私の東京への出張時期と重なっていたのだ。「だったら来なよ」ということで、二週間後、私は、東京某所で企画された呑み会に予告なしで現われ、SくんとKくんを大いに(いや、多少)驚かせることとなったのであった(彼らが喜んだかには、確信はもてない)。

 実は去年の暮も、京都で阪急電車を降りようとしたら、以前一緒に働いていた女性に突然「M&M'sさん?」と声をかけられるなどした。というわけで、偶然の出会いが続いております。コロナが制度的にあけて、人の行き来が盛んになってきたからでしょうか?

 他愛のない話ではありますが、「偶然の出会い」としてはなかなかのものになるのではないかと思い、記した次第。

 今後私に「偶々〇〇と会ってさ」という話をしたい人は、このレベルを超えるもの(   (A) 自分の住居ではない場所で (B) 海外に住む友人と (C) 十年ぶりくらいに 偶然出会う)というものでなければなりません(←エラソー)。

 

M&M's

(3月29日記)