読んだことのない本を告白する

 ヘンリー・ヒッチングズという人の『世界文学を読めば何が変わる?』(みすず書房、2010年)を読んでいたら、読んだことのない本を一冊挙げる、というゲームが紹介されていた。もちろんゲームだから、そうした本を挙げるだけではすまない。自分が挙げた本について、その場にいた人は読んでいたら挙手するのである。すると、挙がった手の数がポイントになるわけだ。

 だから、『失われた時を求めて』を挙げたところで、点にはならぬ。高得点を稼ぐには、多くの人が読んでいるはずの書物を読んでいない、と告白することで、自分の恥を曝さねばならぬわけだ。このゲームは、小説『交換教授』(残念ながら読んだことがない・・・)に初めて姿を現わしたそうだが、そこでは、ゲームに夢中になったある文学研究者が、「『ハムレット』を読んだことがない」と告白するそうだ。これは確かにまずいだろう。

 

 さて私はと言えば、職業上読んでいるべきでありかつ実は読んでいない本というのは結構あるのだが、プライドが邪魔をしてここで告白することはできない。そもそもこのゲームを始めたところで、プライドが邪魔をする人は、一時のポイントよりも自分の見栄を優先し、正直な告白をしない可能性がある。そういう見栄っ張りばかりだと、このゲームの面白さは半減するどころか、逆に、逆さまの見栄の張り合いになって、面白くない気分になるかもしれない。

 そうすると、このゲームをする条件は以下のような感じになるかしら?

・ごくごく親しい人間同士で行う

・見栄を減らすために、自分の専門については触れなくて良しとする

・適度にアルコールを入れて、見栄よりもゲームの勝ち負けを参加者が優先したくなるようにする

・その場で知ったことを後で触れ回らない!(「M&M'sは読書家ぶっているけれど、『ハムレット』も読んだことがないんだって!」と、あちらこちらで言い触らさない)

 

 まあ一度くらいしてみたいような気がするけれど、終わったら自己嫌悪に陥るかもしれない。取り扱い注意のゲームですね。

 

 冒頭に挙げた『世界文学を読めば何が変わる?』、筆者の毒舌も適度に冴えており、かなり面白かったです。おすすめ。適当に三つほど引用しておく。最後の文章は特に気に入っている。

 

プルーストの傑作は、時間があったら読むつもりなのだけどといつも言われる本の一つだ。たちまちそれは見せかけにすぎないと露見してしまう逃げ口上なのだが。そう言わない人はその本について、まるで神話上の獣についてふれるように話す。さらに、それは挫折率が高い本の完璧な例である。読み始めた五十人のうち、最後まで行くのはたった一人だ。これは私の推測だが、この見積もりでは甘すぎるかもしれない。」(p.198)

 

「十九世紀の小説に登場する人物たちについてもう二、三観察したことを言うと、彼らはいつも暇があれば手紙を書かずにいられなくて、自業自得で、自分たちの言動がいつも検閲されていると感じ、ちゃんとした職についていることはめったになく、親戚や遺産のことばかりに関心があり、その作者が批判したいと思っている制度や哲学の犠牲となる傾向にある。」(p.252)

 

「誰もが読む本について持論をもつのは便利だが、ほとんど誰も読まない -だからそれについて誰も反論する資格がない- 本について意見を持つほうがずっといい。」(p.288)

 

 

M&M's