少年たんていブラウン

 子ども時代に楽しく読んだ本を自分の子どもにも読んでほしい、という願いは、少なからぬ人が抱くものだろう。この願い、あの頃に自分が抱いた幸福感をわが子にも感じてほしいという思いに由来するのではないか。私自身も、この願いを強く抱いていて、わが子が幼い頃の読み聞かせには、まずは自分が好きだったものを選んだものである(なお昔から佐々木マキの作品については、「将来自分に子どもができたら絶対読み聞かせをしよう」と思っており、かつそれを実行した)。その後、娘が自分で本を読むようになってからも、私自身が小さかった頃に楽しく読んだ本をさりげなく勧めてきた。

 とはいえ、親の心子知らずというか、あるいは、親の教育がよく(笑)しっかりとした自我を持った子に育ってくれたおかげか、ここ一年ほどは、私の「教育的配慮」にしっかりと抵抗するようになり、自分で選んできた本しか読まなくなってしまったのである。これにはちょいと困ったが、読書しないよりはマシだし、妙に強制すればますます言うことを聞かなくなることは火を見るより明らかなので、とりあえずそのままにしておいた。たまに「こんな本もあるよ」とは言うが深追いはしない、という感じである。

 

  さて、私がわが子に勧めたかった本の一つに『少年たんていブラウン』がある。頭脳明晰な小学五年生、ロイ・ブラウンが、警察署長である父親やらその他の人やらが持ち込む事件を推理によって解決していく、というプロットは、どう考えても子ども心をくすぐるものであろう。一作一作がクイズ仕立てになっており、読者も解決に参加できる、という形式も優れていると思う。私自身は小学校1年生か2年生の頃、夢中になって読んだ(その時の幸福感は今でも覚えている)。3年生になるわが子にも読んでほしいとは思っていたが、上のような事情で、勧めるのを控えていた。

 しかし先日、この問題が一挙に解決した。

 わが子の小学校は、毎年年度の後半になると、週に一度くらい有志の親による読み聞かせを朝の時間に開催している。私はこれが好きで、今年も三回ほど参加する。その際に読む本を選ぶ相談を娘にしたのである。具体的には三つほど候補を選び、時間を測りつつ娘に読み聞かせて、どれを持っていくか話しあったわけだ。そして、その候補の一つに『少年たんていブラウン』を密かに混ぜたわけである。結局のところ、時間やら何やらの理由で、別の本に決めたのだが、娘はいたく『少年たんていブラウン』が気に入ったらしい(「勧められる」のではなく「相談する」中で知ったという形がよかったのだろう)。とりあえず借りてきた一巻はその日のうちに読み終わってしまい、「続きを早く借りてきてほしい」とせがむ。内心ほくそ笑みながら、「忙しいから少し待ってね」と、姑息に(笑)数日飢餓感をあおりつつ続きを数巻借りて来たら、これもあっという間に読んでしまった。最後は家人をせっついて一緒に図書館に出かけ、自分で残りもすべて借りてきた。このシリーズ、偕成社で全十巻で出版されているが、こちらが今、我が家にずらりと並んでいるわけである。感動とまでは言わないが、妙に嬉しいものがある。

 

 わが子が将来どのような人生を歩むかはもちろんわからないし、ある年齢を越えれば、それはもう彼女が決める問題だろう。段々とお互いに独立し、距離をとっていくのが自然であり、恐らくは望ましいことでもある。ただ、もしもこのシリーズを、彼女自身が自分の子どもに読み聞かせることがあれば、その姿を眺めることは許していただきたいものだ。自分がその時にどんな心持になるか知りたいから。

 

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