できなくなってしまったこと

 ここ数年、ずっと日記をつけていました。日記といっても、簡単な備忘録です。読んだ本や観た映画、あるいは運動量と酒量を記録していたのです。これはなかなか効果があり、特に、健康に関しては有効です。酒量については、やはり可視化することで注意深くなり、増えてくると「気をつけよう」という気持ちになってきます。運動についても同様で、「今月はこれだけ泳いだから、後これだけ泳いで、キリのいい数字にしよう」などと考えるのですね。
 ところが、2月くらいから日記の記録ができなくなってしまいました。スポーツクラブに行くことが躊躇われ、そもそも記録する事柄がない、というのもありますし、酒量についてはついつい増えてしまい、そうした現実を「可視化」することが恐ろしいのです。だから、私の備忘録はこの半年ほど空白です。
 もっとも、問題の根幹は別のところにあるようにも思います。
 生活を俯瞰して、マネジメントすることに意味を感じにくくなってしまっているのではないか、というのが、なぜ自分が日記をつけることができなくなったのか、という問いに対する答えです。
 ここ半年ほどの事態の推移の結果、少なくとも私については、「未来」を考えて物事をマネジメントしたいという意欲が薄れてしまったようです。悪い意味で「現在」に逃避しているのかもしれません。これまであれこれ考えて実践してきたことが、すべて無駄になってしまっているような、そんな思いにとらわれてしまっているのです。実際には決してそんなことはないのに。
 とはいえ、やはり人生は続くのですよね。だとしたら、やはり自分の生活を然るべき形でマネジメントしたいし、その基礎となるデータをしっかりと記録していくべきなのでしょう。そのためには、結局のところ人生は続くし、「未来」というものがあることを、心の奥底から感じ取る必要があるように思います。

 こうした心持になるための手段として、今の私にとって有効と思えることは、二つ。一つは、子どもと話すこと、もう一つはビジネス雑誌を読むことです。
 子どもと話すことが有効である理由は、ご想像いただけるかと思います。少なからぬ子どもは、良い意味で、未来のことをあまり考えていません。少なくとも私の娘はそんな感じです。昨日のニュースで、現状の子どものストレス、といった報道があったので、「ストレスある?」と聞いてみたところ、「ない!」と即答です。そういえば、以前ワクチンの可能性と副作用の話を家人としていたときに娘が割り込んできて、「ワクチンできるの?」と言うから、「そうかもね。ただ、副作用の問題があるから、〇〇は後まわしのほうがいいかもね」と言ったところ、「注射が怖いから、ワクチンは絶対打たない!」と宣いました。なんだか虚をつかれる、というか、唖然とするといった気分でしたが、同時に、そうした態度の取り方が正しいような気もしたのですね(何度も繰り返すように、私は感染防止には相当注意をし実践していると思いますが、他方で「社会」に蔓延する恐怖が過度であるかもしれない、という疑念は保ち続けたほうが良いと思っています)。いずれにせよ、時に悲観的に物事を考える傾向のある私にとっては、娘のこうした態度が、「そんなに難しく考えるなよ、人生は続くのだし、それなら楽しくいこう」と、背中を叩いてくれるものとも見えるのですね。
 もう一つ、ビジネス雑誌、というのは意外かもしれません。私、ビジネス雑誌を一つ定期購読しています。今年の冒頭に解約し忘れて、あと一年続くこととなっているのですが、この状況下、購読していてよかった、と思うことが増えました。一言で言うと、皆さん、前向きなのです。例えば、苦境にある業界のリーダーの方のインタビューを読んでいますと、「ピンチをチャンスに」「業界の構造的に弱い部分を改める好機と見ている」「これこれの資産を有効活用する」といった、とにかく前向きな発言が並んでいる。こうした方々の内心はわかりません。部下たちを不安にさせないために、前向きさを演じているところもあるでしょう。とはいえ私は、こうした方々の姿勢はやはり尊いと思うのです。確かに大変な時代ですが、私の苦労などは、こうした業界の方々の苦労に比べれば大したことではない、あれこれ後ろ向きになるよりは、今できることを丁寧に、という気持ちに段々となってくるのです。もしも、私と同じように時に後ろ向きになってしまう方がいらっしゃれば、こうしたビジネス雑誌を覗いてみてください。もしかしたら、前向きになるヒントが転がっているかもしれません。
  
 例によってオチのない話ではあるのですが、実のある形で前向きになるためにはこういう手法があるのではないか、という備忘録として書きました。そして、先週と同じ締めくくりとなりますが、皆さんはどのように、心を前向きになさるようにしているでしょうか? そうした技法を巡る対話とそれに基づく共有が、社会を、もしかしたら、ほんの少し良い方向に向けてくれるのではないか、とも思うのです。

 

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