備忘録として

 いつでも機嫌よくすごしている方だと思うが、時折落ち込むこともある。私の場合、落ち込む、というか、気持ちの持っていきようがなくパターンには二つあるようだ。

 一つは、過去の辛かった、しかしどうしようもない出来事が思い出されたとき。時間をかけてその苦しみを鎮めてきたのに、突如かさぶたを無理にはがされたかのように、その思いが押し寄せることがある。俗な言い方ではあるが、古傷が痛むことはある。いや、正確に言うなら、それなりに修行(?)を積んだので、辛い過去をわざわざ自分から呼び寄せるようなことはしないのだが、当該の過去が勝手に私の視界に入ってくるよなときがあるのだ。これは「不意打ち」という部分もあるだけに、辛い。

 もう一つのパターンは、他人のある種の「悪意」に触れた場合。「悪意」と言っても色々あるが、ここでは人間関係のルールが問題となる。人間関係においては様々なルールがあるが、そのギリギリの線 -ただし、私がそれを真似をすれば私が品が悪くなってしまうギリギリの線- そうしたところを突いてくる人がいる。具体例を挙げれば陰口などがそれに当たるだろう。そうした行為を自信たっぷりにする人が、心底嫌いなのだが、しかし残念ながら世にはそうした人がいるし、またそうした人とつき合わざるを得ない時もある。

 

 これら二つのパターンが最近同時にやってきた。いずれも一つだけであればどうにか対処できるのだが、二つ同時、というのはちょっときつかった。

 前者については、諸事情あって、これは誰に愚痴ることもできない。ともあれ、私に思いもかけない形で突然、辛い過去を思いださせることがあったのだ。二十年以上前に解決したはずの事がらに心揺さぶられることとあいなった。もっとも、この件には一方で人間の嫌な部分がひそんでいることもあってやるせない思いになるとはいえ、他方で俯瞰している自分もいて、「苦しむ自分」と「俯瞰する自分」が分裂し、さらには「苦しむ」ことをどこか、言葉を選ばずに言えば面白がっているようなところもある。あと、「過去に関する苦しみ」というのは「思い出す」のではなく「過去を生き直すようなところがあるな」などと、何かを発見した気になる部分もある。いずれにせよ私自身、「まあこの苦しみは時々思い出すことがあるだろうな」という覚悟はできているので、「苦しみ」ながらも、やりすごすしかない。

 もう一つのパターンは、これもまた時々生じる事がらなのだが、今回は腹が立つことこの上なく、一種の甘えではあるが、私が品を落としてもぬるい目で見てくれるだろう友人二人に愚痴を聞いてもらった。手っ取り早く言えば、今回腹の立つ相手と同じ水準に身を落としたのである。とはいえ、そうしないとやるせない思いの持っていきどころがなかった。お二人には感謝しています。ありがとう。あと、すいません。

 

 だが、いずれにしても最後に自分を救うのは自分しかいない。苦しむ自分を俯瞰しつつ苦しみをそのままとしながら、今自分があることの喜びを感受し、自分の大切なもの、自分の自由になるものを大切に用いるようにしていくしかない。そのように思いを向けることは、やはりどこかしら「祈り」に似てくるところがある。いや、自分で自分を救うと先に書いたが、自分で自分を救う、というのはどこか事がらを外したところがある。自分がこのような人間になれますように、という思いには「救ってください」という懇願の言葉のほうがあてはまるようにも思う。

 なんとも言えぬ思いになると、エピクテトスの『人生談義』を読んだりデカルトの『情念論』のページを繰ることがある。あと『徒然草』のいくつかの段を音読するなどすることもある。こうした作業は、「ここで書かれているような境地に達することができますように」という祈りを含む読書のように思う(「祈りとしての読書」というのは、考察に値するテーマではないか)。

 そして、救いを求める人の心にそれ以上に訴えてくるのは、やはり宗教によって整えられた祈りなのだろう。そうした祈りが提示する理想は、正しいことはわかるが、実際に実行するのは難しいことだ。だから「せめてそうした困難な事がらを実行できる人間にならせてください」と日々祈る中で、かすかにだが救われる、というのが人の生の実相ではないか。幼い頃から長ずるまで時折教会に通っていたこともあり、受洗はしていないが今でも「主の祈り」を唱えてしまうことがある。すべての言葉が良いと思うのだが、特に「我らに罪を犯すものを我らが許す如く、我らの罪をも許したまえ」という箇所は、怒りや憎しみに流される我が心の動きを踏み留める何かがあるように思う。

 なんともしまりがないのだが、「祈り」の重要性を自分なりに理解し、自分の生活の中に「祈り」に似た何かを組織的に取り入れていきたいというのが、私の人生の課題なのだな、とは思っている、ということなのです。

 

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