斗酒三十年(三)

 酒との付き合いを様々な角度から振り返る一人語りになってしまっている。読んでくださる方には退屈極まりないのではないか。とはいえ、始めたものは、ある程度まとまりを得るまでは続けたほうがよかろう。「こんな振り返り方もあるのか」と思ってくださる方もいるかもしれない、と心慰めつつ続けることとしたい。
 とはいえ、今日の振り返り方は、忘れがたい酒の席の友、という、ごくありがちなものだけれど。

 

 「酒友」という言葉があるのかと思い、手元にある『広辞苑』第五版を引いてみた。この語は収録されており、「酒飲み友だち」とある。「何も足さない、何も引かない」(わかるかな?)と評するしかない。
 わが「酒友」と間違いなく呼び得る人は三人いる。この言葉で思い浮かぶ人の顔はもっと多いのだが、この三人とは酒席を共にした回数の桁が違う。いずれの人とも、少なく見積もっても百は優に越える席を共にしていると思う。


 一人目は、何度か触れている、世を去って十数年となるHさん。大学時代、オーケストラの練習の後はいつも酒席をご一緒していたが、卒業後も、独立して仕事をしながら一人暮らしをしていたそのお宅に何度お邪魔したかわからない。ご結婚なさってからのお宅にも、私の職場から二時間ほどかかるにも関わらず、そして奥さまがいらっしゃるにも関わらず、何度も何度もお邪魔した。一度私が大きな仕事を終えてお伺いした時は、席について久しぶりのお酒にあっという間に撃沈し、そのまま十数時間こんこんと眠り続けたことがある。翌日昼頃に起き出すと、奥さまに、「遠い国への旅から帰ってきたみたいだね」と言われて、素敵な言い方をしてくださるな、と思ったことをよく覚えている。改めて、すいません。
 後には奥さまも交えてのHさんとの席は、どんな時も闊達で朗らかだった。思い返せば、そこにはHさんと、そして奥さまの細やかなお心遣いがあったのだが、若い私はそうしたものに思いを致すことはなく、ひたすらそれを享受するばかりだった。以前少し触れたように、私の二十代の前半は少々辛いことが立て続けにあり、それを引きずるようなところもあったのだが、Hさんや奥さまとお話することで救われるようなところがあった。感謝してもしきれない、という思いに誇張はない。
 Hさんの精神の自由さも忘れがたい。私は権威に弱く、楽しむ文化もかなり保守的なほうなのだが、Hさんはそうした私を尊重しつつも、時に真剣に、時にからかいながら、様々な文化のあり方へと目を向けるようにと促してくれた。私自身には相も変わらず権威主義的な部分は残るのだが、そうした部分を多少なりとも相対化できているのなら、それはHさんのおかげだと思う。

 

 二人目は、以前触れた「ヤギの人」であるが、この呼び方も何なので、イニシャルをとってTさんとする。
 Tさんはピアノの名手である。本職は音楽とは関わらないが、一時期私と職場が重なったこともあり、そうした仕事の後や、あるいは一緒に楽器を弾いた後、一時期よくとある店で呑んでいた。私がこの方と呑み始めたころに驚いたのは、差し向かいなどで呑んでいても、十分か十五分は平気で黙っていることだった。私は酒席では、場繋ぎででも話すほうなので、この沈黙が平気、というのは最初はかなり驚いた。とはいえ慣れてくるとこれもまた心地よい。無理をして話すことはない、というのがこれほど楽なものかと感じ入った。
 こうしたことからもおわかりいただけると思うが、Tさんは、自分独自のスタイルをしっかりと守る人であった。Tさんと出会うまでは、私は「生き方のスタイル」といったものに時にまとわりつく我執が好きになれず、こうしたものを嫌っていたのだが、彼と付き合うようになって、まさに自分が生きていくために保つスタイル、というものがあることがよくわかった。一歩進めるなら、スタイルのある人生(当然ながら、ファッション雑誌などで使われる意味ではない)の大切さというものを、彼から学んだような気がする。

 

 三人目は、前の職場が同じだったAさん。この方は私よりも三十ほど年長の方なのだが、一時期、実によく呑んだ。かなり大きな企業で重責を担われていた時期もあり、また、昭和の経済成長といったものを実地で見ていらっしゃった方でもある。そうした方の「昔がたり」を聞くことが、単純に楽しかったのだ。二十代前半で父を亡くした私の中には、父とAさんを重ねる気持ちがあったのかもしれない。なんにせよ、この方には、昭和という時代が持つ良き薫りが漂っていたように思う。

 

 いずれの方も忘れがたく、どの方についても、その方とのお付き合いがなければ、私は明らかに今とは違う人間になっていただろう、と思う。
 ところで、こうした付き合いを豊かにしてくれるのは、やはり酒席であるように思う。別に、酒が入ると本音で話せる、などといったことが言いたいのではない。こうした人生に残る付き合い、というのは、実は「ムダなもの」だ、という点にポイントがある。「ムダ」というのは、直接には仕事に影響しないとか、金銭を稼ぐことには直接かかわらない、という意味だ。ある場所で時間を共にし、話すことだけが目的となっている。もちろんそのことによって心が豊かになるだとか、何かを学ぶといったところはあるのだが、それでも私はあえて「ムダ」という言葉を使ってみたい。
 酒がある、というのは、実はこの「ムダ」ということを象徴しているのではないか、と思う。人によってはムダと言ってくるかもしれない、仕事とも何とも関係のない時間、無為の時間を共にすごす、という、わかる人にはわかり、わからぬ人にはわからぬ喜びを象徴してくれるのがお酒だ、ということになるのだと思う。
 古来酒は贅沢品だったわけだが、そのゆえに、生きる中で贅沢にすごす時間を飾り、象徴するものになったと考えれば、筋が通るのではなかろうか。

 

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