床屋さんでのこと

 同じ床屋にもう十五年ほど通っている。ご夫婦で切り盛りしている店で、男性の方はごく寡黙で時々簡単なお話をする程度の一方、女性の方が担当になると子どものことやら家庭のことやらをおしゃべりする。どちらの方が当たっても寛いだ気分になることもあり、長く通っている。

 

 さて、この金曜日(10月20日)、朝一でご夫君の方に髪を切ってもらっている時のこと。散髪が始まり十分ほどした8時40分ごろか、若い男性が慌ただしく入ってきて、「留守番電話に予約を入れたものですが」と言う。ややアクセントがあり、韓国か、中国の方と思う。ご夫君は、「ああ、留守番電話に予約を入れた方ですね、9時30分とおっしゃっていましたね、大丈夫ですから、9時30分にいらしてください」と受け答えをする。どうも相手の方、日本語のヒアリングに慣れていらっしゃらないらしく、何度かこのやりとりをした後に、ようやく得心したのか、出ていかれた。

 私の方に戻られたご夫君、普段はご自分から話しかけることはほとんどないのだが、珍しく、「ああした外国の方には、わかっていただかねば、というので、はっきり話すように心がけているのですが、キツイ話し方ととられていないか、ちょっと心配なんですよね」とおっしゃる。ああ、なるほど、客商売の方らしい心配だな、と思いつつ、「ご自分が日本語ができていない、という自覚はあるでしょうから、はっきり言ってもらう方がありがたいのでしゃないでしょうか」と応えた。「そうでしょうか、それならいいのですが」とご主人。二人は黙り、いつものように静かな時間となった。

 二、三分経った頃だろうか、ふと疑問がもたげて、そのまま口にした。「しかし、留守番電話に、「何時に行きますから」と吹き込んで、それで予約ができたと思った方、以前にもいらっしゃいましたか?」、と。ご夫君、感じ取れるか取れないかの苦笑を交えながら、「いえ、初めてです」とおっしゃる。それはそうだろう。

 もっとも、この、恐らくは来日して日が浅いであろうこの方が、慣れない中、やや勝手なことをしたなどと決めつけてはならないのかもしれない。この方が母国で通っていた床屋は、たくさんの理髪師がいる店で、普通は、留守番電話に時間を入れておけば散髪してもらえるのかもしれない。

 しかし、どうなのでしょうか。そんなこともありうる気もします。

 

M&M's

(10月22日記)