コレクションについて

 先週触れた本は購入した(我ながら思い切った)。件の古書店を訪れると、「実際に店頭に来てくださった方にはお安くしています」とのことで、かなりの割引があったことも大きい。個人的に「私なら買います」と伝えてくださった方のメッセージの影響もあった(感謝しています)。予想していた通り、造本に贅を尽くした瀟洒なもので、私の貧相な本棚には似つかわしくないようにも思う。いずれ、この文筆家の書物をまとめて、別に、これらの書物の造作に似合った小さな書架を別に作りたくも思う。

 ところで困ったことに、同じ文筆家のもう一つの自費出版の書物をやはり見つけてしまった。値段を書くのも何だが、今回購入したものと同じほどの額である。悩ましいことこの上ない。しかし、もしもこの人の本を蒐集するのなら、私家版という難所のかなりの部分を乗り越えることとなる。思い切って購入しようか、という気持ちに傾いている。また、これをきっかけにして、この文筆家の随筆以外のものも集めてみたら楽しかろう、などと想像を巡らせている。

 そんなことを思い巡らせているうちに、こちらでたまに触れる夭逝した友人と昔交わした会話を思い出した。

 

 もう二十年近く前、多分、私が、気に入っていたカルテットが演奏するベートーヴェン弦楽四重奏曲の全集CDを購入したことを彼に話した時のことだ。私が「この全集を買って嬉しい」といった話をすると、彼が、大略、「僕はそういう大人買いはしない」と言ったのだ。訝しく思い理由を尋ねると、一曲一曲、その曲に合わせて別々のカルテットで揃えていくほうが面白いではないか、というのだ。なるほど、手間はかかるが、そうする方が圧倒的に面白い。様々な演奏団体の組み合わせ自体が、選択する者の趣味を見事に反映する、とも言える。また、私が購入したような全集のCDの場合、手に入れたということに満足してしまい、一部を聴いたら後はそのまま、ということも実によくある。それに比べ、少しずつ揃えていけば、一つ一つの曲に丁寧に向かうことにもなろう。いわゆる「大人買い」が悪いとは思わないが、少しずつ段階的に蒐集を進めるのに比べると、こうした面で弱点がある可能性は意識しておいたようが良いように思う。

 

 書物についても、似たようなところがある。

 私の持つ書物のうちには、いわゆる著作集などの形で一挙に揃えたものがいくつかある。そうしたものは、全く手つかずとまでは行かないが、案外と読んでいないものが多い。それとは別に、気がついたらある著作家のものが自然と集まっていて、後はこれとこれを買えばその人の著作が全て揃う、といったこともある。こうした著作家のものは、前者に比べよく読んでいるし、思い出も深い。一つ一つの作品に、個人的な記憶が結びついているし、私なりのコレクションという気持ちがして、誰に見せるということもないが、書棚で眺めていると嬉しくなってくる。足りないものについては慌てて購入したりせず、古書店などで見かけた折にふと購入するだとか、何かの折に読みたくなれば、インターネットで探して手に入れ、ゆるゆると読んでいく、というくらいの距離感で付き合っていきたい。こうした著作家が何人かいることは、生活に彩を与えてくれるように思う。

 冒頭で述べた件の文筆家に話を戻せば、私家版が手に入ったことで、一挙に蒐集欲が高まっている。しかし、実はその気になれば出来るのだが、インターネットを使って、持っていない作品を一挙に手に入れるようなことは、やはりしない方が良いだろう。所持していない作品のリストを作り、市場に出ている数なども多少は意識しつつも基本的には自分の好みに従って優先順位を定め、一冊ずつ購入して丁寧に読み進めていく、という歩みが好ましい。

 考えてみると当たり前のことだが、コレクションというのは一挙に完成させないほうが良いのだ。未完成の状態を楽しみ、完成への過程を味わうことにこそ、コレクションの醍醐味がある(インターネットの拡大がその醍醐味を減らした可能性があるが、それはまた別途考察すべき問題だろう)。コレクションを楽しむというのは、意味の見出し難い生活に潤いを与えるものだが、そうした観点からしても、この考察は正しいように思う。

 こう考えると、完成を一挙に目指さず過程を味わう、という意味において、コレクションには、性愛をも含めた恋愛に似たところがある。両者を比較する議論には、数の観点からの比較による、蒐集されたものの数と関係を持った相手の数とを同列に考える、ドン・ファン的なものがある。しかし、この議論は、的を外しているか、あるいはコレクションや恋愛への誤解ないし偏狭な考えに基づいてはいないか。両者の本質的な類似はむしろ、完成を先延ばしにすることによる過程の享受にある、とするほうが正鵠を射ており、また、コレクションや恋愛の適切な理解に基づくようにも思う。

 そうした「先延ばし」の技法は、どこかしら、人間の成熟と関わるのではないか。

 

M&M’s