merle と blackbird

 

 先日、フランスのアルザス地方に住む知人と京都に住む知人とで、「遠隔飲み会」をした。とはいえ日本の夜だとアルザスは午後早い時間だし、京都の方は慎みのある方なので、それほどは飲まない。だから私一人が少々飛ばしていたのだが、なんにせよ、各地域の現状をその地に住む方からお聞きするのは興味深い。特にアルザスは、例のウィルスがかなり猛威を振るった地域でもあり、そこにお住いの方の話は、新聞記事などよりも重みがある。他にも共通の話題は多い三人なので、話は尽きることなく、三時間近く経った時のことだろうか。

 さすがに話し疲れも出たのか、合間に時おり静けさが訪れるようになったころ合い、なんだか鳥の声がする。微かだが、確かに鳥の鳴き声だ。思わず「鳥の声ですか」と聞くと、アルザスの方が「ええ、今日はよく鳴きますね」とおっしゃる。少し間を置いて、鳥に詳しい京都の方が「merle(メルル)ですね」と合いの手を入れる。アルザスの方は、恐らく目を休めるためだろう、話しているときもあまり画面をご覧にならず、窓の外にぼんやりと目をやっているが、部屋の光の感じで、その眼差しの先には、五月のアルザスの柔らかい光が満ちていることがわかる。その光に調和するように、merle (クロウタドリ)の鳴き声がするのだ。五月の日本の深夜に、どちらかと言えば都会の街の隅で、思いもかけぬ形でアルザスの雰囲気と鳥の声を味わうことができたのだ。酔いの手伝いもあっただろうが、至福の瞬間であった。もちろん日本にいても、多少の散策をすれば、同じように柔らかい光と鳥の声を楽しむことができる。この時は、予想もしていなかった、というのが恐らくは良かったのだろう。

 

 merleという言葉を覚えたのた、シャンソン Le temps des cerises (「さくらんぼの実る頃」)の冒頭でであろう。この歌の歌詞や意味、あるいはパリ・コミューンとの関わりは、ネットで検索すればすぐわかるのでここでは触れない。ただ、気になるのは、この歌では、"merle moqueur"と、「からかうような」を意味する形容詞 "moqueur" が付されている点。「クロウタドリ」の鳴き声には、からかうような感じがあるかしら? あるいはフランスの文化の中で、そういった連想が強固に根づいてきたのか。今度知人のフランス人に聞いてみることとする。

 

 "merle"という語を仏英辞典で調べると、"blackbird"と出る。"Blackbird"と言えば、The Beatlesの例の名曲だ。中学時代本当によく聴いており、懐かしくなったのもあり、なぜ”blackbird"なのか、調べてみた(ネットにキーワードを打ち込んだだけだけれど)。wikipediaによれば、ポール・マッカートニーはこの曲を、黒人女性の人権擁護や解放について歌ったとのこと。もちろんこの鳥自身が春の訪れを感じさせることからも、この隠喩を採用したのだろうが。

 久しぶりに聴いたが、確かに素晴らしい曲であり、そして素晴らしい歌詞だ。"You were only  waiting for this moment to arise", "You were only waiting for this moment to be free"という言葉が、強く強く心を打つ。この歌は今、あるいは将来現状が解決を見る時に、私たちが自身に歌うに相応しいものの一つではないか。

 先日思いもかけない時刻に聴いたアルザスのmerleの声は、歌い手が"blackbird"に話しかけるという方向とは逆だが、「あなた方ははただ、この、立ちあがる時を待っていたのですね」「あなた方はひらすら、自由になるこの時を待ち望んでいたのですね」と、人間に穏やかに告げるような慰めを含んでいたように思う。

 

M&M's 

 

※ wikipediaの「クロウタドリ」によると、作曲家メシアンはこの鳥の鳴き声が気に入っていたそうで、採譜の上、「世の終わりのための四重奏曲」や「クロウタドリ(Merle noir)」などに用いているとのこと。