フランス革命と映画

 アンジェイ・ワイダ監督の『ダントン』(1983年)を観た。恥ずかしながらワイダの映画は『カティンの森』しか見たことがないのだが、一連の作品の解説を見ると、暴走していく権力の恐ろしさを緻密に描く監督と思われる。この作品も、恐怖政治期の権力の暴走を説得力のある形で描く作品であった。「妥協」のできない状況というのがいかに残酷なものか、考えさせられる。現在、DVDは相当の高値がついているし、レンタルをしているところも少ない。もしも機会があったら、観ていただきたい。

 ところで昔から思っているのだが、フランス革命を描く映画というのは、扱う題材の重さの割には少ないように思う。何が浮かぶだろうか?

 パッと思い浮かぶのは、一連のマリー=アントワネットものだろうか。私はいずれも未見なので、そのうちまとめて観てみようかは思っているが、優先順位はそれほど高くはない。定型的なパターンを超える描き方が余り期待できないというのもある。あと、マリー=アントワネットを主人公にすると、焦点は自ずと彼女に当たることとなり、革命の大きな流れが端役になるのでは、という疑念もある。もちろん観てみないとわかりませんが。

 同様のことは、いくつかあるだろうナポレオンを描く映画についても言えるのではないかと思う。ナポレオンを主人公に据えれば、革命時のいくつかの事柄は、自ずと背景に据え置かれるだろう。もちろんこのあたりは、例えばアベル・ガンスの『ナポレオン』(1927年)などを観てから考えた方が良いのだろうが。

 

 比較的革命の流れをよく描いた映画としては、ジャン・ルノワールの『ラ・マルセイエーズ』が挙げられる。時にあたかも革命のクライマックスであるかのような印象を与えてしまうバスティーユ攻撃は、リアンクール公のルイ16世への報告、という形でさらりと流し、むしろその後の庶民の生活やそこでの議論を描くことで、革命が必ずしも一枚岩ではないことを描き出す。クライマックスを8月10日事件(1792年8月10日のテュイルリー宮殿襲撃、革命の流れはこれをターニングポイントに、王政廃止、共和制の樹立へと向かう)に持ってきている点でも、ある意味で正統なフランス革命解釈を示している。もっとも観る上では、フランス革命に関するある程度の予備知識が必要だろう。フランスで1938年に公開された映画だから、2021年の必ずしもフランス革命のことを知るわけではない日本人には、予備知識なしで楽しめる作品ですよ、と言えるかどうかには疑念が残る。

 そうした意味では、もしかしたら『嵐の三色旗』は良いのかもしれない。DVDは持っているにも関わらず未見だが、ディケンズの『二都物語』を原作としているので、ある程度のエンターテイメント性は保たれているだろう。この作品は、フランス革命時の諜報活動なども描いているし、好みは分かれるが(私はそれほど好きではない)ラストがかなり劇的なので、フランス革命に関する予備知識を抜きにして、最後まで楽しめるかもしれない。もっとも、「革命」という大筋は、やはり端役になってしまうのだろう。

 少し変わったところではエリック・ロメールの『グレースと公爵』がある。革命に翻弄される(あるいは対峙する)英国人女性を描いたもので、美しい繊細な映像で知られる。もっとも、革命それ自身を描く動的なシーンはほとんどなく、どちらかというと登場人物の内面へと人々の眼差しを誘う作品であるようにも思う(随分昔に観た作品なので、間違いがあったらお許しを-ちなみにDVDは保持しているのですが、今見たら、なかなかの高値がついています―ちょっと嬉しくなってしまうところ、人間ができておりません)。

 

 フランス革命と聞いてすぐに思いつく映画はこの程度だ。もちろん私の知識不足もあるだろうが、「多い」とは決して言えぬことは、間違いないと思う。もしかしたら、フランスの長編テレビドラマシリーズなどはあるのかもしれないが、それならそれで観てみたい。

 不思議と言えば不思議な感じがする。「フランス革命」と言えば、現在のフランスの神話的基盤とも言える。様々な解釈がありうるこの歴史的事件について、ともあれこれを正当化する、ということで歩んできたのがここ百数十年のフランスではないか、とも思う。しかしそうした「神話化」に貢献する映画はあまり見当たらない。

 もっともここまで書いて思いついたのだから、もしかしたら「神話化すべき対象」だからこそ、逆に映画では描きにくいのかもしれない。

 バスティーユ襲撃から8月10日事件くらいまでは、ルノワールが多少は行ったように、神話的に描けなくもない。この時期までは、圧政に反抗し勝利する民衆、という神話的イメージをもとに描くことも、一応はできる。

 しかし、恐怖政治の時期となるとどうか? ワイダが『ダントン』で描いたような世界は、人間を知り安直なヒューマニズムを捨て去る役には立つだろうが、観ていてつらいし、そもそも神話的に描けるものではない。「何もそこまで」とどうしても思ってしまう。ロベスピエールを描く映画が少ないのも、そのためだろう。

 そして、テルミドールのクーデター以降を描く映画、というと、全く見当たらないが、これも、結局は第一帝政に繋がってしまう、という点で、やはり映画にしにくいのだろうか、と思う。もっとも、歴史を知りそこから学ぶべきことを学ぶには、華々しい事件よりは、むしろその後を描いてほしいとも思うので(例えば、明治維新それ自体よりは、むしろその後の制度の整備などが観たい―今の大河ドラマがそれにあたるのか)、こうした、「描きにくい時代」を描き出す映画というのも、ぜひ観てみたい、ということなのです。日本ではこうした、「大切だけれど映画には描きにくい時代」といのにどのようなものがあるか、これを考えてみるのも楽しいかもしれない。

 

 あと、もしもフランス革命を描く、という意味で映画を撮るならば、ジョゼフ・フーシェ(ご存じない方はググられたし)を主人公に据えた映画は面白いと思う。革命勃発時から王政復古までを生き抜いた人物を主人公とすれば、重要な出来事は自ずと前景に現われることとなる。フーシェ自身が、愉快とは言えぬにせよ非常に興味深い人物なので、人物、事件、いずれをも有機的に絡めて描くことができる。

 誰か製作してくれないだろうか。

 

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