図書館のレファレンス

 記憶が正しければ、図書館のレファレンスを利用したことはない。理由は二つある。

 一つは、傲慢な言い方にはなるが、何か新しいジャンルの本を読むときの探し方が、自分なりにある程度確立しているというもの。もう一つは、人間関係に恵まれており、相当のジャンルについて、その筋の専門家に相談できるというものだ。

 そのため、レファレンス担当の方に相談を持ち込み、会話を楽しみながら本を探していく、という状況に憧れを抱きつつも、実際に利用したことはなかった。

 逆に、レファレンス業務のお手伝いをしたことはある。

 二十年ほど前、図書館で、何かの事情で窓口の人に相談しようと並んでいたら、聞くともなく耳に入ってきた会話が私の専門を巡るものだった。大学生と思しき二人の女性が、レポートのためだろうか、この分野に関する本にどのようなものがあるか、司書の方に相談していたのだ。一瞬躊躇ったのだが、やはりと思い、「大変失礼ですが、かくかくしかじかでその分野にはある程度通じているので、よかったら本をお伝えしましょうか」と声をおかけした。皆さん「それならぜひ」ということで、基本情報を知るにはこれこれ、もう少し細かいものとしてはこれとこれ、といった感じで数冊の本の書誌情報をお伝えした次第。お二人は喜んでいたし、司書の方も時間の短縮になったこともあってか喜んでいらした(と思いたい)。

 実際のところは、この手の相談に割って入るのは難しい。そもそもこうした入り込み方には、司書の方のお仕事の領域に土足で踏み込むようなところがある。当時の私もその点は認識していた。「躊躇い」の一部がそこから来ていたことは間違いない。また、当時まだ大学生に近かった年齢だった私としては、二人の大学生に下心があるようにとられるのも嫌だった。自意識過剰ではあるが、そうした感覚は礼儀上大切とも思う。その時は思い切って声をかけてよかったと今でも思っているが、今後似たようなことがあっても、やはり同じような「躊躇い」は覚えた方がよいだろう。

 

 脱線してしまった。

 実は先日レファレンスを初めて利用してみたのだ。ジャンルは白血病、相談内容は「白血病のメカニズムを子どもにわかりやすく伝える書物を教えてほしい」というもの。経緯は以下の通り。

 知人の方に、白血病に深く関わるお仕事をしている方がいる。この分野に通じていない私の判断ではあるが、貴重な、多くの人の苦しみを減らすお仕事と思う。

 この方とZoomでお話をする機会があり、その直前に、折角の機会、お話をもう少し理解し、できれば質問などするためにと、付け刃で白血病に関してあれこれ調べてみた。調べるといってもネットでちょこちょこ検索をかけるくらいのことだ。いくつかの医療機関のHPにある白血病の説明を読んでみたのだ。とはいえ当然のことながら、よくわからない。その方に質問をするくらいはできたが、その後も、なんというか、基本的なイメージを持ちたい、という気持ちが残った。

 そんな話を食卓で家人にしていたところ、子どもが「白血病ってどんな病気?」と聞いてくる。当然うまく答えることができず「ただいま勉強中」と答えるわけだが、その会話の中ではたと、子ども向けの解説書を読めば、私でも基本的なイメージを持つことができるのではないか、と思い至った。ここで初めて「これまで利用したことのないレファレンスとやらを利用してみよう」と思ったのである。

 現状、図書館の窓口で時間をとる対面での相談を持ち込まれるのは先方も嫌だろう、と思い調べてみると、恐らくは当然のことなのだろうが、ネットでの問い合わせもある。これ幸いと、子どもの年齢をお伝えし、「白血病のメカニズムを、可能であれば血液の基礎知識と共に伝えてくれる書物があればご教示ください」とお願いするメールを出したわけである。

 すると、嬉しいことに翌日には、懇切丁寧な回答が届いた。簡単な内容紹介を添えた、数冊の子ども向けの本の書誌情報と、さらには大人向けの本一冊の情報もある。私自身がさらに知識を得たいと思った場合のことを想定してくださったのだろうか。その他、患者の方向けに国立がん研究センターが出版しているパンフレットにも、治療法などに関する有益な情報がある、との付記があった。何も知らないに等しい私にとっては十分な情報だ。お名前も顔も知らぬ司書の方に、深い敬意を覚え、また多くの市民の方にこうした情報を提供なさっていることを思い、心動かされた。教えていただいた本は借りてきて子どもと一緒に読んでみたが、漠然としたイメージしかもっていなかった白血病という病に関する理解を、多少は深めてくれたのではないか。

 

 冒頭に述べたように、書物の調査についての多少驕った考えもあり、これまでレファレンスを利用したことはなかったわけだが、そうした驕りを和らげ、今後も、適切と思う場合には、司書の方に相談し、書物の世界を単純に拡げていきたいと思うには、十分な機会だった。

 また、司書の方の提供するレファレンスサーヴィスというのは、公共機関が提供するサーヴィスとしてはとても大切なものの一つではないか、とも考えた。昨今、時々、司書の方を図書館に配置するのが難しくなってきているとも仄聞するが、そうした状況を変えるには、私たちの一人一人が適切な形でこうしたサーヴィスを利用し、その必要性を目に見える形としていくことも大切ではないか、とも。既にこうしたサーヴィスを十分に利用なさっている方には当然のことなのだろうが、「驕り」のゆえにそうしたことをそもそも考えてこなかった自分への自戒の念もこめて、ここに記しておきます。

 

M&M’s

 

追記1:折角ですので、子ども向けに紹介された本のうち二冊の書誌情報を記しておきます。

 

『難病の子どもを知る本1 白血病の子どもたち』(大月書店、2000年)

『大切にしよう!体と心2 血液と免疫』(教育画劇、2007年)

 

追記2:司書の方が紹介する本は、専門家から見れば十分ではないという意見を耳にしたことがあります。しかし、仮にこの意見に当たっている部分があるにせよ、司書の方が万能人でない以上、そうした意見はないものねだりに基づくように思います。そもそも司書の方自身、そうした「限界」は自覚なさった上でお仕事をなさっているっでしょう。また、事柄にもよりますが、非専門家が紹介した本の方が入門書としては適切でありうる、といったことは十分に想定できます。利用者は、そうしたことを意識した上でレファレンスサーヴィスを利用すればよいのではないでしょうか。